都市生活者(Suburbian)

 
 1週間ぶりに都心へ向かう道路は時差通勤のおかげで空いていた。オート
ナビゲーションシステムに運転を任せ、タロウは車載のコンピュータから通
信衛星経由でメールをダウンロードし、返信を口述した。
「おはようございます、ムラカミさん」
「おはよう、マユミ。今日はどの部屋?」
「4階の小会議室をお使いください」
「ありがとう」
「どういたしまして」
 受付の精巧なアンドロイド・マユミ嬢はにっこりと笑った。彼女の背中か
ら伸びているコードを直接目で確かめない限り、彼女がロボットだなんてな
かなか信じられないだろう。レスラーを片手でつまみ出せるほどのパワーを
秘めているのだが。

 会議は3時間で終わり、スタッフはめいめいのホームオフィスに解散した。

「ただいま」
 タロウの声に応えて壁面の大型液晶モニタにスイッチが入る。右下の画面
にメールを表示させ、残り3つの画面にニュースとスポー
ツと英会話の番組を同時に映しながら、コンビニの自動販売機で買ってきた
一人暮らし用ディナーセットを平らげる。ひと風呂浴びて洗面所で缶ビール
の蓋を開けた時、タロウは今日一日誰とも目を合わせずに過ごしたことに気
づいた。会議とは言っても互いに携帯端末を覗き込みながら必要な情報を交
換しただけのこと。思えば昨日も、その前の日も、道で大勢の人とすれ違い
はしたが、その誰とも言葉を交わすどころか面と向き合うことすらなかった。

 半分ほどビールを飲み終えた時、タロウは鏡の中にこちらを見つめている
人の姿を見出した。その男は手に持った缶ビールをタロウに向かって差し上
げて見せた。
「やあ」「やあ」
 鏡の中でにこやかに微笑む男の目から、やがて涙がとめどなく流れだした。
(了)

('98/4/19)

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