夢の家族(The Dream Family)


 叔父がまだ若かった頃のことだ。若いといってもじき40才になろうというのに独身を通していた叔父に、なぜ結婚しないのかと私は尋ねた。女性が嫌いだから? 一人の方が気楽だから? 健康上の理由? どの質問にも叔父は首を横に振り、そんなに聞きたいか、なら教えてやろうといって話し出した。
「小学校高学年くらいから同じ場所の夢を繰り返し見るようになった。だらだらと長い坂道で、てっぺんに広告塔がある。道の両脇にはいろんな店やら民家が並んでいる。時刻は決まって夕方で、けっこうな人出で賑わっている。その通りを端から端まで歩く夢なんだ」叔父はタバコに火をつけた。
「最初のうちは夢見の間隔が長くあいていて、2年か3年にいっぺん見るくらいのもんだった。それが、高校を卒業するあたりから次第に短くなって、半年にいっぺんが毎月になり、しまいには毎週のようにその夢を見るようになった。そのうちあんまり何度も見るもんで、通りの両側に何があるかすっかり覚えてしまった」ゆっくりと煙を吸い込む。
「大学を卒業して今の仕事についたのも、日本中を見て回るうちに、いつか夢の場所に行き着けるだろうと思ったからなんだ」叔父の仕事というのは商店街の調査か何かで、たしかに出張が多かった。
「夢の中の景色は現実と同じように少しずつ変わっていった。パン屋がレストランになり、酒屋がコンビニに、貸し本屋がビデオショップになった。民家も塗り替えや建て替えで変わっていくんだが、一軒だけいつも変わらず同じ様子の家がある。それまでずっとおれは通りを歩くだけだったんだが、ある日ふとその家に入ってみようと思ったんだ」
「それで?」私は叔父の話に引き込まれ、急いで尋ねた。
「玄関の戸を開けたらかみさんが出てきてお帰り、と言った」
「え?」
「一度も会ったことのない女なんだが、夢の中ではおれは結婚してその女と所帯を持っていたのさ」
「なんだ、まさかそれが叔父さんの結婚しない理由なの?」
「まあそんなもんだな。今では毎晩のようにその家の夢を見る。子供がふたりいて、上が5才の男の子、下がもうすぐ2才の女の子だ」
 冗談としか思えなかったが、叔父は何食わぬ顔でタバコをふかし続けていた。

 叔父が奇妙な病気にかかって入院したのは定年も間近い頃だった。無断欠勤を心配して訪れた同僚が、ベッドで昏々と眠り続ける叔父を見つけたのだ。いちおうは病院に収容され、なにやら難しい病名もつけられたが、実際のところ、医者たちは叔父の状態をどう呼んだものか途方に暮れているようだった。手の甲をつねれば別の手で払いのけようとするし、脳波は睡眠時の波形そのもので、さかんに夢を見ているようだった。要するに叔父は童話の眠り姫みたいに途方もなく長い眠りについてしまい、そこから目覚めなくなったのだった。

 叔父はそのまま入院し続け、とある冬の晩に眠ったまま死んだ。

 叔父がその長い長い眠りの中で、夢の家族たちとどんなふうに暮らしたのか、今となっては知るよしもないが、叔父の寝顔はおおむね安らかで時々楽しそうな寝言さえ漏らしていたのだから、きっと幸せな暮らしだったのだろう。あるいは叔父は今も誰かの夢の中で生き続けているのだろうか。  (了)

('98/6/9)

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