「The Green Explosion」

毒々しい緑色のもの、カビとも藻ともつかないものが洗面所の排水口のふちにこびりつ
いていた。カビ取り剤をかけておいても消えないのでスポンジでこすり取る。ぬめぬめと
した嫌な感触がいつまでも指に残った。こう暑いとクーラーのない部屋にはとてもいられ
ない。大学時代の友人から呼び出されたのを幸い、おれは地下鉄に飛び乗った。

「アスファルトで固められた都会の地面の下にはなにが棲んでいると思う?」
都心の地図をプロジェクタでスクリーンに投影しながら尋ねてくる。
「さあな… モグラもミミズもいないだろうし。地底人とか?」
苦笑しながらノート型パソコンを操作していると、地図の端に緑色のしみのようなもの
が現れた。
「なんだいこれは?」
「数年前からおれはアスファルトに隠された地面の植生を研究しているんだ。X線レーザ
ーと超音波を組み合わせてな。すると、あちこちに新種の植物のコロニーが見つかった。
地上を人間に占領されて、しかたなく地下に潜った植物だ」
画面が切り替わると、緑色の斑点が少し大きくなり、隣り合ったものが融合し始めた。
次の画面は緑の蛍光を発する単細胞生物の拡大図だった。アメーバとゾウリムシの合いの
子のような奇妙な形。
「こいつらの持っている葉緑素は普通の植物とは違って遠赤外線を吸収するようにできて
いる。光の射さない地中でもビル街が放出する熱を食って増殖できるというわけだ」
アニメーション。緑の染みはぜんぶがつながりあって大きな輪になり、中心に向かって
包囲を縮めていく。
「増殖速度は恐るべきものだ。十分な熱量があればおよそ5秒で二分裂する。場合によっ
てはもっと早くなるかも知れない」
「ほお」と言われても理系オンチのおれにはぴんと来ない。
「こんな話がある。ある研究所で25メートルプールほどもある巨大な培養槽にバクテリ
アを飼っていた。1分間でふたつに分裂しながら殖えるやつだ。ある日の朝8時に培養を
始めて正午に培養槽がいっぱいになったとする。では、培養槽にちょうど半分だけバクテ
リアが入っていた時刻は?」
「えーと、8時から12時までかかったんだから、10時?」
「1分で倍になるんだぜ。答えは正午の1分前、つまり午前11時59分だ」
「ふむ。ちょっと信じられんな」
「この話には続きがある。研究所ではアルバイトの学生を雇って培養槽を監視させていた
んだ。培養槽が満杯になったら生長を止める薬を撒く手はずだった。だが、学生はつい居
眠りをしてしまい、12時をちょっと過ぎた頃に目を覚ましたんだ」
「おやおや」
「ふと見ると足元は培養槽から溢れ出したバクテリアに浸っている。あわてて薬を撒くス
プリンクラーのボタンを押すために立ち上がったがすべって転んでしまった」
「で、その学生はどうなったんだ」背中に寒いものを感じながらおれは尋ねた。
「建物いっぱいに充満したバクテリアの塊の中で窒息死したとさ」
おれたちはしばらく無言で見つめ合っていた。
「…なんだってわざわざおれを呼び出して怪談を聞かせたりするんだ」
友人はプロジェクタが投影する地図の真ん中を指差した。おれの住むマンションがある
あたりだった。
「連日の猛暑で連中の増殖が速まっている。ドーナツの穴がいつなくなるか予想もつかん
のだ」
「ドーナツの穴?」
「今までのところ、なぜか連中は中心部に向かってしか増殖していない。ドーナツ状に都
心を囲んで、それから穴を小さくしている最中なんだ。穴がなくなった時いったいなにが
起きるのか… 外側への増殖に転じるのか、上か下に向かうのか、あるいは過密状態にな
って死滅するのか、生長を停止するのか」
プロジェクタのスイッチを切るとエアコンのファンの音が耳についた。
「もう気づいているだろうが、おまえの部屋はちょうどドーナツの真ん中にある。何か妙
なことが起きたらすぐに俺に連絡してくれ」

 部屋に戻り、ドアを開けたとたん、猛烈な熱気といっしょにかすかな青臭さが廊下に流
れ出してきた。どこか懐かしい匂い。子供の頃に沼で嗅いだ匂い。洗面所に駆け込むと排
水口から緑色のゼリーみたいなものが盛り上がってくるところだった。見る見るうちに流
しから溢れて床にこぼれる。居間の電話を取ろうとして足をすべらせた。洗面所と台所と
風呂場から溢れ出したゼリーが合流して床を洗っていた。そのままゼリーの波に押し流さ
れて開けっ放しだったドアから廊下へ出る。冷房の効いている他の部屋では増殖が少し遅
れていたらしいが、非常階段にたどり着く頃には次々と窓ガラスが割れてゼリーが溢れ出
してきた。部屋の外に出ると増殖に加速がついて、たちまち胸までゼリーに埋まってしま
う。窒息死よりは墜落死の方がましだろうとおれは14階の手すりから飛び降りた。マン
ション全体が緑色のゼリーに覆われて崩れ落ちるのが見えた。果たしておれが落下するま
で地面は、いや、世界は残っているだろうか… (了)


NOVELS POETRY HAIKU

taku@medical.email.ne.jp(Taku Nakajo)