「使者(The Envoy)」

 乗組員を選抜することが彼に与えられた使命だった。彼に渡された資料には乗組員が具
えるべき必要条件が108項目にわたって記載されていた。彼はそれらすべてを暗記し、
しかる後に資料を廃棄した。彼にはいかなるデータベースにも無条件でアクセスできるパ
スワードと莫大な調査費が支給された。調査に費やすことのできる時間が6ヶ月しかな
いと知らされたとき、彼はひそかに歯を食いしばり、あごの線を硬くした。彼は好きな酒
とタバコを断ち、家族に単身赴任を告げた。

・乗組員は健康でなければならない:彼は候補者の病歴を丹念に調べ上げ、小学校時代の
 体力測定から職場の検診結果に至る膨大なデータを分析した。

・乗組員は優良かつ特異な遺伝子の持ち主でなければならない:彼は候補者の家系を調査
 し、時には強姦まがいの方法でDNAのサンプルを採取した。

・乗組員は特定の文化背景を代表していなければならない:彼の担当地域である日本にお
 いては固有の文化を体現している個人を見つけ出すのは至難であった。彼は山村を離
 島を梨園を渉猟した。

・乗組員は孤独でなければならない:家族や友人を持たないか、もし持っていてもそれら
 に依存せずひとりで生き抜ける人物を探さねばならなかった。彼は陸上競技大会の参加
 者名簿を繰り、ボクシング・ジムを訪れ、高名な禅寺へも足を伸ばした。

・乗組員は確立された技能を有していなければならない:農林水産業、加工業、建設業、
 サービス業…すべての分野における技能者を少なくとも2組、確保しておく必要があっ
 た。なるべくならひとりでいくつもの才能を有する人物が望ましかった。彼は全世界に
 散らばった仲間と連絡を取り合いながら人選を進めた。

・乗組員は社会的協調性を有していなければならない:孤独でなければならないという条
 件と矛盾するようだが、船内もひとつの社会である以上、反社会的な人物を選んでは元
 も子もないのだった。心理テスト、周囲へのインタビュー、素行調査… 必要条件のリ
 ストは無限に続くかと思えた。作業を始めて3ヶ月で彼の頭髪は真っ白になった。

 最初の候補者は彼が明かした乗組員募集の理由を一笑に付して取り合おうとしなかった。
彼は候補者の脳に強烈な電気ショックを加えて面接の記憶を消去した。
 2番目の候補者は女性であったが、婚約者が乗組員の候補に入っていないことを理由に
乗船を拒否した。電気ショックの効果が不十分だったので彼はこの女性を抹殺しなけれ
ばならなかった。彼はますます無口になり、二度と笑わなくなった。
 13番目の候補者がようやく乗船を承諾した。

「そうですか、承知していただけますか。ありがとうございます。これでわたしもよう
やく肩の荷を下ろすことができます」彼は深々と候補者に頭を下げた。彼がふたたび顔
を上げたとき、厳しかった表情がわずかに和らぎ、口元に微笑らしきものが浮かんでい
た。
「お礼を言わなければならないのはこちらでしょう。いや、そうとも言えないですかね、
責任の重大さを思うと。それにしても、例の噂は本当だったんですね」
「ええ。もう時間がありません。明朝迎えのものをよこしますから、今晩中に荷物をま
とめておいてください。すでにおわかりとは思いますが、もしも別れを告げたい方がい
らしたとしても決して連絡してはいけません。この計画は極秘裏に進めねばならんので
す。万一情報を漏らされた場合には…」
「わかっています」候補者は表情を変えなかった。彼は自分の人選に満足した。

 朝になれば世界中から選ばれた乗組員が輸送センターに集められ、そこで最終検査と
訓練を受けたあと、彼らはどこか遠い山中に建設された「箱船」に向かうはずだった。
 彼の仕事は終わった。
 その晩彼はホテルの一室でゆっくりとタバコをふかし、祝杯を上げ、こめかみに当て
た拳銃の引き金を引いた。        (了)

NOVELS POETRY HAIKU

taku@medical.email.ne.jp(Taku Nakajo)