「龍の卵(1)」

 
 その殻にはときおり龍の姿が映り、中からは龍のおめく声が聞こえて来ると
伝えられていた。長(おさ)のしるしとして代々伝えられてきた卵であり、儀
式の折に遠くから見たことはあったが、実際に手にするのは初めてだった。卵
の表面には左右対称な五つずつの円いくぼみがあり、竜がくわえて運んだとき
の歯型だと言われていた。試みに指先をくぼみに押し当ててみると、まるで計っ
かのたようにぴったりとはまった。両手の指を全部当てた時、指先に何かが食
いついたような衝撃を感じてタケルは思わず卵を取り落とした。これまでの卵
の保管者たちは、かつてこの世を滅ぼした恐ろしい竜の歯型に触れてみような
どとは思わなかったし、たとえ触れたにしても電撃を受けた後ではたたりを恐
れて二度と手を出そうとしなかった。だが、タケルは違った。並外れた知力と
胆力に恵まれ、好奇心は人一倍旺盛で、何より自分の力に自信があった。タケ
ルは卵を拾い上げた。もう一度…
 今度は電撃はなく、その代わりに卵は何ごとかをぶつぶつと呟き始めた。タ
ケルはそっと卵を祭壇に戻し、腰刀の柄に手をやりながら耳を傾けた。それは
どんなけものの叫びとも似ておらず、ひとの声のようではあったが、タケルが
聞いたことのない言語だった。卵はいくたびか異なった調子で声を発し、やが
て沈黙した。いぶかるタケルの目の前で突然卵の殻の一部が透き通り、イワナ
の姿が現われた。

「イワナだ!」タケルは叫んでいた。「イワナだ」と卵が繰り返した。次に
はカラスが現われた。「カラス!」とタケルが叫び、卵が繰り返した。卵は次
々と動物や植物、天体の姿を映して見せ、いちいちタケルに唱和した。やがて
卵はタケルが見たこともない奇妙なものの姿を映した。

「何?」タケルはたずね、卵が繰り返した。「何?」
 卵はタケル自身のすがたを映していた。

「おれ…タケルだ」

「タケル」卵が呼びかけた。


 このようにして卵の中の龍とタケルとの対話が始まった。     (了)


NOVELS POETRY HAIKU

taku@medical.email.ne.jp(Taku Nakajo)