テラリウム


     



               考古学者



 私の部屋にはほとんど陽が当たらないが、それは恐らく私自身がそう望んだ結果

なのだと思う。あるいはそうではなかったかも知れないが、私にとって居住環境な

どというものは極めて些末なこと、どうどもよいことなのだ。私はこの部屋から出

ることがない。水と毎日定期的に与えられる資料さえあれば、私は半永久的に仕事

を続けられる。私の仕事とは、与えられた資料を解析し、報告書を作成することで

ある。長大な資料の端に取りつき、じっくりと、しかし確実な速度で分解し、使え

る部分を拾い上げ、磨いては陳列する。私の仕事は博物館の倉庫とトンネル工事の

匂いがする。ある日の私の報告書はこんな具合だ。



「保存状態良好なエジプト古王朝時代のパピルスに描かれたわいせつ図画の黒ベタ、

創世記第4528ページが記された時に予言者の肩から落ちて生乾きのインクにこび

りついたまま化石化した雲脂の走査電顕写真、月着陸船の部品として真空と極低温

をくぐり抜けて地上に戻った後に博物館に収められ経営困難の故にマニアに売却さ

れ、とある教会の屋根裏に安置されたボルトの溝、リンカーン夫人の手から落下し

たプログラムの血に染まった部分に記されていたはずの人物のイニシャル、人里離

れた地下で最終船倉の開始を告げた赤い大きなボタンを構成していた高分子化合物

の組成、それが中性子線の曝射により放射化されて生じた同位元素から飛び出した

最初のα線の飛跡…」



 どうも私はつい調子に乗って、私の仕事が常に大いなる驚異と発見に充ち満ちて

いるかのごとき印象を読者に与えてしまったかも知れない。実のところはそんなに

素晴らしい、目を見張るような仕事ばかりではないのだが、まあ先刻の装飾過剰な

報告は私の仕事に対する自負心の表れとと思って、大目に見ていただきたい。実際

に遭遇する大部分の破片はこんなところだ。



「火、空が破裂して暗転する、頭蓋を貫く無数の冷たい火矢、硬直し、それからゆっ

くりと崩れる、爆風、地上の建造物が一掃されるのを、しかしいかなる網膜も記録

していない、ファインダーを覗くものもなく回り続けるカメラ、警報、警報、警報、

そして意味が消滅する」



 これだって何らかの記録、あるいは詩といったっていいかも知れない。まだまし

な方なのだ。ひどい場合にはこんなものしか手に入らないこともある。



「わタしデはナいワたシがワたシのナかデわタしヲこロす。ワたシはワたシのソと

ヘ、わタしヲこエたワたシへニげナけレばナらナい。ソれモでキるダけハやク」



 与えられる資料がどんなものであれ、次の資料が届くまでに報告書は書き上げら

れていなければならない。でなければ、私の狭い部屋は資料に埋もれてしまい、た

だでさえ新鮮とはいいがたいそれらはすぐに腐敗し始めるからだ。



 素人が私の扱う資料を見たなら、その複雑さにめまいさえ覚えるだろう。資料を

構成している材料は極めて種類の乏しいものだが、それぞれが時の氷河の底で圧縮

され、強固に癒着してもつれあった鉱脈を形成している。溢れでる血をものともせ

ずに癒着した部分を鋭利なメスで切り離し、びっしりと付着した蛎殻をひとつずつ

丹念に剥がしてはそれぞれの構成要素に分解していくのは、根気と集中力、器用な

手先と超絶的な無神経とを要する大変な作業なのだ。こうして抽出された要素から

私の報告書ができあがる。実を言えば私がもっぱら扱うのは、絶えずその全体が微

妙に揺れ動く白と黒の点の集合に過ぎない。しかし世界中のすべての書籍から一字

ずつを別々のカードに書き写す作業を考えてみたまえ。さらにそのカードをいった

んばらばらにほぐして適当な枚数ごとに並べ、その文字列をまた別のカードに転記

する。これを何度も繰り返して得られるカードの全体を再びいくつかの山に切り分

け、何万字も連なった文字列を適切に区切り、読み解いていくのだ。例えていえば

これが私の仕事であり、無限の時間を保障された私にのみよくなしうることなのだ。



 このようにして私は報告書を作成し、神殿に提出する。私はこの世界を支えてい

るのが私と私の報告書であることを自覚している。私の報告書は日々増え続けるが、

私の倉庫は決して飽和することがない。私は倉庫の鍵を管理してはいるが、私自身

はいささか貧弱な記憶能力しか持っていないので、倉庫内の何が剰余であり何が欠

如しているのかについては漠然とした観念しか持ち合わせていない。倉庫は無限の

収容能力を有しており、有史以来の一切の出来事の記録が保存されているとする一

派がある一方、報告書の種類は有限であり、いつかは全く同じものが作成される危

険があると信じている連中もいる。しかしその連中にしたところで、ある報告書と

別の報告書との違いを明確に弁別できるほどの知能を持っているかどうか、はなは

だ疑わしい。私見を述べさせていただくならば、「ある限度を越えて積み重なった

報告書はそれ自体が資料に変質しうる」のだ。実に優雅な循環論法ではないか。



 ところで私はこれまで1人称単数で語ってきたが、実は私には膨大な数の協同作

業者がいる。私たちは、というべきだったかも知れないが、分担して作業に当たっ

ているのはすべて私の分身、コピーなのだから、気持ちの上では私はつねに単数だ。

コピーを繰り返すうちにいつしかオリジナルからかけ離れてしまったグループもあ

るようだが、そもそも同位元素による正確な年代測定あるいはDNA分析でも行わ

ない限り、誰がオリジナルにより近く、誰がより新しい私なのかは決定できないの

だから、オリジナルだコピーだと騒いでも仕方がない事なのだ。



 私はこうして何億年も仕事を続けてきたし、これからも続けていくだろう。たと

え資料の供給が途絶えるようなことがあっても私は動揺したりはしない。その時に

は無数に分裂増殖した私自身が互いに積み重なって地層を形成し、私は自分自身を

発掘する作業に没頭するであろうから。



                    ('88/5/1 発表:'97/5/2 一部改稿)




     



               市民



 あなたは朝、自分の見慣れた顔を鏡の中に確認しながらヒゲを剃り、会社へと

向かう。電車がすいていればスポーツ新聞を広げて読み、運よく空いた席でもあ

れば先を争って(この戦いには非常にしばしば破れるのだが)座り、すぐに眠り

込んでしまう。あるいはぼんやりと向かいに座った乗客の顔を眺め渡してみるこ

ともある。見知らぬ同志ながら、互いに驚くほど似通った顔。共通しているのは

無表情という名の仮面と、決して交差することのない視線だ。会社では日がなコ

ンソールに向かい、CRTをのぞき込みながら機械的にキイを叩き続ける。帰り

の車中では込み合っているのと活字を追う気力も失せているのとで、ただ吊革に

すがって暗い窓を眺めるだけだ。その時あなたの目は内側に裏返り、受像機と対

峙したテレビカメラのように、主のいない無限回廊を映している。家に帰ればテ

レビが疲れた視線を優しく吸い取ってくれるだろう。終末には暗やみの中で妻と

交わり、日曜は昼すぎまで腫れぼったく水増しされた眠りを眠る。あなたが向か

い合うものはあなた自身の顔以外に何もないこと、あなたは絶えず鏡に囲まれて

いるということに、あなたは気づいているだろうか。

 あなたは今日、通勤の途中で出会った顔を少しでも覚えているだろうか。あな

たはもう長いこと音楽に浸っていないのではないか。あなたはやり残した仕事や

明日の予定を思い浮かべながら眠りにつき、就眠幻覚を楽しむ余裕を持たない。

あなたはほとんど夢さえ見ることがなく、たまに見る夢は通過してきたはずの数

々の試験の悪夢であったりする。あなたは問題の印刷されていない答案用紙を手

にしてうめき声をあげ、もうひとつの夢の中に目覚める。

 その夢の中ではあなたは水中の巨大な神殿の回りを泳ぐ金魚であり、絶えず形

を変える奇妙な神殿の一部をせっせとかじり取っては飲み込んで、細長い排泄物

に変換している。あなたの意識の中では、それは神殿から与えられたお告げを受

け取ってそれを元に文章を作成することなのだ。あなたの排泄物はあなたを離れ

ることがない。一生をかけて紡がれる長大な糸。それはあなたの身体を飾る衣装

に似ている。とりわけ、衣装がその中にある身体を規定するという点で。あなた

が作成する大部分の文章は魚の、恐竜の、鳥のそして犬や馬の言葉で書かれる。

あなたが行動し、話し、思ったことのすべてが糸を織り成し、その糸は他のすべ

ての糸と絡み合って複雑な編目模様となり、その模様は次の世代へと受け継がれ

ていく。あなた自身はすぐ目の前しか見ていないので振り返って糸を見ることも

なく、巨大なつづれ織りの意味を理解することもできない。ある意味ではあなた

自身はこの織物の結び目に過ぎない。

 いつの日かあなたはほどけた糸玉のように消滅するだろう。あなたの真の役目

が何だったのか、それを知るのは神殿の奥に棲むものだけだろう。あなたは何世

代も先にひとりの予言者を生み出す家系、次第に精錬され磨かれる資質の最初の

原石なのかも知れない。それともあなたはある時ある芸術家にその作中人物のイ

メージを抱かせるためにのみ存在しているのかも知れないし、ひょっとするとあ

なた自身がすでに作中人物なのかも知れない。

 あなたあなた自身をどう知覚するかは、あなた自身が世界からどれだけ意味を

つかみ取るかにかかっている。あなたは結び目、あるいは糸の紡ぎ手に過ぎない

かも知れない。それともあなたはあの巨大なつづれ織りそのもの、さらにはその

織り手自身であると感じることがあるかも知れない。しかし、たとえあなたがつ

いに広大な意味の感覚を経験することなく一生を終えたとしても、意味そのもの

は星空のように、あるいは金環食のように厳然と存在する。(つづく)



                    ('88/5/1 発表:'97/5/6 一部改稿)




taku@medical.email.ne.jp(Taku Nakajo)