「黎咲」創刊号から

      
               朝の思い


         ああ
         ずいぶんむかしのことのようです
         ぼくがあなたをあいしていたのは
         そうしてかなしいおもいをしたのは

         ああ
         鳥があんなに騒いでいます
         もしかしたら
         昔のぼくのねがいやのぞみは
         ちいさな虫になって羽根をちぢませ
         それを鳥がついばむのかもしれません

         風がどこかへ流れていきます
         時がどこかへ流れます
         けさ見た夢さえ 帰りません

         ああ
         ずいぶんむかしのことのようです
         ぼくがあなたをあいしていたのは
         ほんとにむかしのことのようです

                 ('82/9/1 発表:'97/5/4 一部改稿)




       
                 天使


           北の海辺へ行ったなら
           白い翼を訪ねてください
           私が昔知っていた
           それは天使の形見です

           冬の初めの昼下がり
           ガラス細工の景色の向こう
           そこから天使は風に乗り
           空の高みへ行きました

           私はひとり残されて
           ひいやり冷えた大地の上で
           生きていかねばなりません
           それは天使との約束です

           一番高い塔へ行き
           声を限りに呼んでみても
           雲の向こうにいる天使は
           決して応えてくれません

           やがて真冬の明け方に
           たくさんの羽根が降ってきました
           天使は空で燃え尽きて
           輝きながら堕ちたのです

           打ち上げられた堕天使は
           波打ち際に葬りました
           暗く湿った砂の上
           翼は風になびきます

           北の海辺へ行ったなら
           白い翼を訪ねてください
           私が昔知っていた
           それは天使の形見です


                 ('82/9/1 発表:'97/4/29 一部改稿)



     
             蛇(ウロボロス)

   「とても痒いのです」と言いながら女が取り出して見せてくれたのは充血
   して紫紅色を呈した女陰だった。私は眼鏡をはずし、仔細に調べ始める。
   「どうも匂うようですが」「ええ、彼女は生まれたときからいちどもそれ
   を洗ったことがないのです」「彼女というのは?」「もちろん私のことで
   すよ。でも私は本当は男なのです。あなたが実は女であるのと同じように」
   「するとこれは?」「ええ、それはあなたの女である部分です」そう言わ
   れてよく見るとそれは確かに見覚えのある形であり、私は激しい懐かしさ
   と同時に嫌悪感と吐き気を覚え、思わず口を押さえたが、気がつけばそれ
   は女の手なのであった。女はかまわず私の口の中へその指を押し込んでく
   る。激しくむせながらも私はその窮屈な姿勢のまま診察を続ける。女陰に
   鉗子を突っ込むと茶色くしなびた男根が出てきた。「そらご覧なさい。あ
   なたがそんなところに置き忘れていた間に、あなたのファロスから分泌さ
   れた精虫が粘膜の内面を食い荒らしていたのです」としゃべっている声が
   聞こえるが、これは私の声ではないのかもしれない。なにしろ女の手はす
   でに肩の付け根のところまで私の中に入り込んでいるのだ。女の乳房が目
   の前に迫り、腋窩からは猫族の匂いが立ちのぼる。突然、私は下腹部に熱
   い刺激を感じるが、見ればそこには何もなく、代わりにさっきのファロス
   が急速に膨張しつつある。と同時に私の身体は音もなく縮んでいくようだ。
   一方ではカントもいっそう充血の度を増し、くねくねと奇妙な動きを示し
   ている。私は凶暴な衝動にかられてカントに両手をかけ、引き裂くように
   広げながらその中へ入っていく。私はもはや一個の熱いファロスと化す。
   女の身体は既に私の中にほとんど取り込まれ、大きく広がった私の口はい
   つのまにかカントに変じている。私はその両端に両性の生殖器をそなえた
   充血した粘膜の蛇だ。蛇はのたうちながら次第にその輪を縮め、ついに痙
   攣とともに男根からおびただしい量の体液を排泄したが、それはすべて女
   陰に摂食され、あとには一個の巨大な女陰がぐったりと横たわるのみであっ
   た。

                 ('82/9/1 発表:'97/5/2 一部改稿)



       

               埋葬・2

     今朝、僕が死んだ
     やけに冷たい風が僕の首を切る
     切り落とされた首を持って歩き出した
     僕を埋める場所を探しに

     , and walked off
     to look for my burying place.

     僕の死体を埋めに行こう
     線路際の粗い砂利の下に
     僕の右手を埋めておこう
     何百億噸の車輪が僕を轢いてくれるだろう

     氷の砂漠に横たわり
     隕石に貫かれながら化石になってもいい
     あるいは砂の川の岸辺で
     少女達が血を流しながら植物に変わるのを見ていよう

     それとも灼熱の光の中で蒸発してしまおう
     頭上の水爆に頼み込んで
     そうすれば僕は宇宙に遍在して
     人々の焼けた舌や肺に吹く風になるだろう

     世界の底のどぶの中で
     形も意味もないなにかになってもいい
     ひょっとすると頭の先から光を出したり
     暗闇に文字を刻む方法を見出せるかも知れない

          *          *

     僕を地球の碾き臼ですりつぶしておくれ
     僕を漬け込んだ酒を飲み干しておくれ
     僕の愛した人々を記憶の獄舎へ放り込んでおくれ
     君の手で そう君の真っ白なその手で

     裏切りの苦い薬で麻酔をかけて
     活きたまま座標軸に磔刑にして
     何でも切れる例の剃刀でスライスしてくれ
     何しろあいつの切れないものは自分だけなのだから

     エロイ    腐っていくのは文字だけではない
     エロイ    詩はいつでも死と同じこと
     ラマ     言葉は紙に埋め殺されるだけ
     サバクタニ  世界は語るほどの価値もない

     ああ僕を細い針金でまっぷたつに裂いておくれ
     真ん中にある僕の心臓はそれでも動き続けるだろうよ
     斧を打ち込まれたってびくともしない
     あの金貸しの老婆みたいに不死身なのさ

     人を埋めるのは墓場に閉じ込めるためなんだろうか
     それとも復活の日のためだろうか
     その土をよく踏み固めるがいい
     細い手を伸ばして掴みかかってくる呵責から逃れるために

          *          *

         冬空に天使たちの呼ぶ声がしても
         氷漬けの堕天使は砂の下
         青白い手で風をまさぐっても
         鳥たちさえ、もうそこにはいない

          *          *

       解剖台の上で胸に手を組んだ若い女
       あなたは脂肪のひとかけらまで美しい
       医学生たちの加える凌辱のさなかにあっても
       最後にポリバケツに捨てられるひとかけらまで

          *          *

     僕は僕の死体を背負いながら旅を続けた
     腹が減ったらそいつを喰らい
     腹が一杯になったら自分の腕をそいつに食わせて
     どこにも僕を埋める場所がない

     僕のファロスは小さくしなびて
     まるでこの世界に入るべき穴がないといった様子
     だけど全部の穴に首を突っ込んでみなくちゃならない
     僕を食いちぎる鬼の口の中へだって

     死んだ僕の頭を思いきりカナヅチで殴ってみる
     鈍い音がしてへこんだけれど
     そいつは何も感想を言わない
     喋らなければ損をするのに

     タワゴトでもウワゴトでもタマゴトでも
     ムツゴトでもヒトゴトでもヒトリゴトでもいい
     何でもいいから声を出し続けていろ
     さもなきゃほんとに死んでしまうよ

     絶望を絶望しても仕方がない
     僕らにはもう反語やパロディしか残っていないけれど
     派手に焼身自殺したコトバで
     原稿用紙を真っ赤に染めるくらいはできるさ

     1ポンドの肉と1滴の血
     皮を剥いで、骨を筆に血をインクに
     脳みそをすりおろして薬味をきかせ
     最後に精液でとろみをつけてやれ

          *          *

     どこにも僕を埋める場所がない
     だから僕は僕自身の奥深くに僕を埋めてやった
     だから僕は自分の尾をくわえた蛇
     体で文字を描きながらのたうちまわる

     願わくは死んだ僕のために花束を
     イメージと論理と言葉遊びの美しい花束を!
     願わくは
     あなたにも

     , and walking on
     to look for my...
     


taku@medical.email.ne.jp(Taku Nakajo)