解説 青木千恵氏による解説

「登竜門」

 

 


 

 手嶋さんのレポートがすごーく完璧な場合、さあ、私はどんなレポートを書けばよいのだろう? 講義の内容が芥川賞、直木賞、公募ガイドとくれば、賞の話しかあるまい……と、石田講師の話を受けて、今回は作家への登竜門「賞」というシステムと認知度について考えてみたい。

 私は、石田講師と同様、今年7月まで文芸担当記者をしていた。
 薄井ゆうじ塾長が吉川英治文学新人賞を受賞されたのは、94年の3月3日(ひなまつりだったのですね)。私は記者会見に出ていて、受賞が決まった薄井さんが、記者会見後の祝杯のビールが、あっ、という間に効いてしまったのか、顔をかなり紅潮させていらしたのを覚えている。当時の薄井さんは今回のくじら塾の話にも出た「高価な補聴器」をまだ持っていなかったので、顔面の中でも一段と紅みを増した右耳に手をがっちりとあて、大騒ぎの中でさんざんに紛れてしまう話し相手の声を、何度も何度も懸命に聞き返していらした。
 それはそれは懸命な表情で、「受賞は当然」といった尊大さは全くなかった。文学賞の受賞とは、小説家の懸命さの結果なのだと、その記者会見のときに痛いほど感じた。正直、心がほのぼのしたことを覚えている。

 確かに、数ある文学賞の中でも芥川・直木賞は格段に華やかな賞である。
 しかし、元来小説好きな記者にとっては、賞の「大小」は本心では関係ないものだ。
 芥川・直木賞、乱歩賞くらいしか小説を読まないという文芸担当記者がいれば、正直「? 本当に?」と顔をのぞいてみたい。そんな記者はよくないと思う。また、仮にも小説家を目指して文学賞に応募を試みる人で、めざす芥川・直木賞、乱歩賞くらいしか小説を読まないという人がいれば、その人にも「?」と思ってしまう。
 これは、小説を書く人と文芸担当記者は、小説を好きであることで共通していたいという個人的な願望からくる、それだけが理由である。

 ともあれ、受賞した場合は「○○さん、日本文芸家協会様からお電話です」と話す゛慣例゛が芥川・直木賞の主催者側にあるように、報道側にも゛慣例゛があって、芥川賞、直木賞の取材体制は、石田記者が言うようにかなり「ものものしい」形で受け継がれている。

 選考日当日。「新喜楽」で選考結果の発表と選考理由の会見(だいたい受賞作を一番強く推した選考委員が話す)  →都内のホテルで受賞者の会見  →との慣例に従って、報道陣はどっと移動する。
 7月に異動がある会社の場合、文芸担当に配属されたばかりの、なりたてほやほやの若輩記者は、7月上、中旬の芥川・直木賞の取材にまともにぶつかることになる。
 数ある文学賞の中で、なぜ、いつから芥川賞、直木賞だけがそうなったのか、疑問をはさむ余地もなく、先輩に゛ぶらさがって゛「新喜楽」から受賞者会見場のホテルへとわっせわっせと移動することになる。

 〈なぜ、新喜楽でやらないかは謎です〉(石田講師の話より)
 私も、そう思う。でも「新喜楽」からホテルへの移動中に、受賞理由についてああだこうだ話したり、選考委員の言葉について考えたりする時間は、受賞者会見の原稿を書く場合に大切ないっときだ。どの受賞者が一番早く会見場に来るのかな、とそわそわする。その順番や時間で、原稿を書く余裕が違ってくるからだ。

 「新喜楽」と会見場で行われる会見では、選考委員と受賞者の言葉を細大もらさずメモする。
 事前に候補作を読んでいないと何を話しているのかちんぷんかんぷんなので、候補作を読んでおくことが非常に重要で、この取材の流れが、報道側の芥川・直木賞を取材する″慣例″となっている。
 今は選考委員になっている石原慎太郎さんが、『太陽の季節』で芥川賞を受賞して(昭和30年)゛太陽族゛ブームを起こしたことが、芥川・直木賞が現在のような社会的なお祭り騒ぎになってきた一理由。
 さらに林真理子さんや山田詠美さんたちが直木賞を受賞して、「才女の時代」と話題が盛り上がって新聞の社会面をでかでかと占領する時期があった。そして最近の報道の量は、抑え気味となっている。

 つまり文芸担当記者は、芥川・直木賞についてはでかでかと報道する″慣例″上、必ず候補作を読まなくては取材についていけないわけで、ここで、芥川・直木賞の候補作を読んで楽しく、嬉しく、喜ばしく感じるかどうかが、文芸担当記者の適性の分かれ目なのだと思う。

 今回、石田講師が塾生からの質問に答えて、〈机には本が山のように積まれてまして、まったく読めない、というのが現状です。辛うじて、文学賞の候補作品を読むといったところです〉という話が、同じ仕事を経験した私にはすごくよくわかる。
 石田講師は、小説がすごく好きなのである。好きでひたすら読んでいるのだが、もっと読みたい気持ちに追いつかないのだ。
 端から見ると「ヒマそうに本なんて読んでいて」と思われがちなほど地味な、この「読む」作業は、文芸担当記者の仕事で非常に重要なのだが、誰に話すことでもない孤独な作業であり、いくらでも省ける作業でもある。
 そこを省くか省かないかが、自身の創造力を頼みに小説を書き続けている小説家の懸命さと対等に話せるかどうかの瀬戸際だと、文芸担当記者はただひたすら読み、思うのである。

 ただ、お互いに小説を読む喜びを知ってはいても、実際に小説を書いている小説家が他人が書いた小説を読む場合、「ひっぱられる」ことがあるらしい。芥川・直木賞、三島・山本賞の選考をする小説家になると、大家だから「ひっぱり」からのふんばりもきくようだようだが、それでも選考委員の会見などを聞くと、「刺激を受けてしまった」という言葉を聞くことがあった。
 ちなみに、薄井さんが吉川英治文学新人賞をとったときに選考委員を代表して会見したのは野坂昭如さんで、「僕だけ×をつけました。なぜならこの人は才能があって僕と同じことを考えているから、早いうちに芽をつんでやろうと思ったから」と冗談混じりに話して、担当記者は「ああ、こんな大家でもシゲキを受けるのだな」と思った記憶がある。

 そんな特定の作品に「ひっぱられる」可能性のある小説家と違って、文芸担当記者は小説が好きでも「ひっぱられる」ことはない。小説家と文芸担当記者は同じ小説好きでもそんなところが違う。社会的、一般的に報道するのはそんなわけで文芸担当記者の仕事だ。
 ただ、創造力のある小説家の小説を読む目はものすごく確かで、正直とうていかなわない感じがするので、そのためにほとんどの文学賞が最終的には複数の小説家の裁定にかけられることになるのである。

 さて、文学賞に関する報道側の″慣例″話に戻ると、石田講師の話の〈直木賞と遜色のない賞として山本周五郎賞というのがあります〉にあるように、三島賞、山本賞は芥川・直木賞に比べてまだ歴史が浅く、新聞の扱いは、選考日翌日の朝刊社会面ベタ記事が″慣例″である。
 芥川・直木賞以外は、「扱いがよくて翌日朝刊社会面ベタ記事(見出しが1段だけの、その面で一番″小さな″記事)」というところ。
 江戸川乱歩賞、サントリーミステリー大賞なども「翌日社会面ベタ記事」。薄井さんが受賞した吉川英治文学新人賞も同様である。新聞自体が「最近、活字離れが進んでいて……」などとぺろっと書いたりするので(〈現代は、もの書きにとって良い時代だと思っています。それは、面白い小説ならば読まれるからです〉という石田講師の話す事実と裏腹で、どうして安直に活字離れなどと言われるのか不思議なのだが)、芥川・直木賞も最近報道量が押さえ気味になっているように、それ以外の文学賞の報道は、非常に地味なものである。

 ″慣例″に従って芥川・直木賞ばかりに突出して報道体制が組まれるのだが、元来小説好きな記者にとっては、賞の「大小」は本心では関係ないものだ。
 私はどちらかというと芥川・直木賞以外の賞に注目してきて、候補作が事前にわかる場合は候補作を読んでみた。今回『鉄道員(ぽっぽや)』(集英社)で直木賞を受賞した浅田次郎氏の評判を聞いたのは、吉川英治文学新人賞を受賞した『地下鉄(メトロ)に乗って』(徳間書店)が出版されたときだったし、つまり、芥川賞、直木賞という華やかな賞の前に、小説家は着々と懸命に小説を書き、その結果、一つ一つ賞を獲得していくわけである。(「当たり前だ。」と言われそうだか、賞をとれば注目されて依頼が来るという小説家が置かれた状況を見ると、受賞前の懸命な小説書きがあまり注目されない傾向があるようなので、強調してみる)

 薄井さんが『樹の上の草魚』(講談社)で獲得した吉川英治文学新人賞という賞は、確かにそうそうたる作家が受賞している。伊集院静さん、宮部みゆきさん、浅田次郎さん…。
 文学賞は多々あるが、一般公募の新人賞、プロの作家に与えられる文学賞、すでに文芸誌に小説を発表している小説家も公募で応募する江戸川乱歩賞など、さまざまである。
 薄井さんは次は直木賞だろうか……。

 一般公募では、賞金が目当てか、本当にプロになりたいのか、応募者の動機はさまざまだろう。ただ、公募で新人賞受賞後、懸命に小説を書き続け、その懸命さの結果として表れてくるのが吉川英治文学新人賞といった賞なのだ。
 つまり、懸命に小説を書いている人は、薄井さんが言うとおりみな小説家であるのだ。

97.08.15 青木千恵

 


 

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