レポート2 薄井ゆうじ氏の講義記録

「自分という敵」

 

 


 

 

 石田氏の講義が終わり、薄井氏が演壇に立った。

「いま、お話をいただいた石田汗太さんはとても有名な方で、記者会見で必ず質問するんです。
 僕はそこに、記者としての心意気を感じているんですが、ええと、賞の話でしたね。
 賞が大事か、ということについて、僕はあまり賞に意味を感じないのですが、お祭りとして良いものだと思っています。良い本なら出版されますし。
 ただ、賞をとると仕事がしやすい、ということはあります。
 具体的にはエッセーの仕事がよく入ってくるなど、です。エッセーに絡めて小説の話がきたり、エッセーの取材が自分の小説の取材にもなるといった、広がりが出てくる可能性
があります。しかしながら、幅が広がるのがいいのだろうか、という話もあるので、この手の話はパラドックスばかりです。




 賞は、わたしの場合「残像少年」で小説現代新人賞(講談社)と『樹の上の草魚』で吉川英治文学新人賞(講談社)をいただきました。
 小説現代新人賞は2回ほど最終選考で落選し3回目で受賞しました。現在、年1回の公募ですが、当時は半期ごとにありました。
 選考委員は津本陽、色川武大、阿刀田高、西村京太郎の各氏です。

 どんな小説を投稿したのか話しますと、最初は「湯治場のモヒカン」という題名の小説でした。ある都会のヒッピーが湯治場に行って、遊んでいるんです。そこでおじいちゃんおばあちゃんにおかずをもらったり優しくされ、楽しく過ごす。そうしているうちに「年をとるというのは、なんて良いことなんだろう」と感じる小説です。落選したんですが、色川武大さんが推してくれたと編集者の方からきいて、すごく嬉しかった記憶があります。
 二番目は「ラギンマサヤ」という題で、農村のある村にフィリピンからたくさんお嫁さんがくるという話です。これは実際に取材して書いたんですが、フィリピンと日本では文化が違いますから、言葉が通じないことや、炊飯器が使えない、冷蔵庫を開けて寒くて逃げてしまうなど、僕が普遍的だと思っている世界が、ちょっと見方や環境を変えるだけで、ここまで違ってしまう、というのを書いた小説です。



    ※中略。全文はASAHIネット電子会議室 (最初に設定が必要です)、 ASAHIネットBBBサービスBBS(パソコン通信) でご覧いただけます。



 僕は新人賞をとる前、推理作家の都筑道夫先生の教室に通っていました。創作講座なんですが、その時に先生が「今日はあの作品を書いて、昨日はあれを書いた」という話をしてくれて、それが当時、すごく刺激的だった記憶があります。小説の書き方、という話より、なにかリアルな思いがありました。いま僕がやっている仕事で、年内に仕上げないといけないものを書きだしてみます。
 

 アニメ映画原作
 長編一挙掲載500(小説推理)
 80枚連作 少年の物語(オール読物)
 30枚ずつの長編「創生記コケコ」(鳩よ!)
 年末から長編の連載(新刊ニュース)
 10枚短編(小説現代)
 小説すばる
 週刊小説
 『樹の上の草魚』映画の韓国バージョン8月末
 くじら塾


 こうして並べてみると、沢山ありますが、大変だとは思っていません。好きではじめたことですから。それに、枚数が多くてもあまり関係ありません。どうすれば人が喜ぶか、ということもあまり考えません。自分の作ったルールの中で書けばよいわけです。
 今月600枚くらい書く計算になりますが、一日20枚かけばいい。
 1時間で5枚かけば4時間で終わる話です。 時間が余ってしまいます。余った時間はギターをひいたり、書道をします。
 とはいえ、それらの仕事が平行してやってきますから、頭を切りかえるのは易しくありません。
 コントロールは難しく、ついビールも飲んでしまうし、そういうバランス感覚はなかなか大変です」

 


 

進む  目次へ