「あとがき伝」
と言うわけで、
『小説伝・純愛伝』
いかがでしたでしょうか?
(なに、まだ読んでない?そういう人はちゃんと全部読んでからこの『あとがき伝』を読 むように。)(因みにそれが人の道と言うものだと思います。)
『小説伝』は、一九八五年の早春から初夏にかけて、すなわち一年のうち一番気候のいい時 期に(と言っても作品には何の関係もありませんが)製作されました。執筆中のモットーは 「なんであれ十倍デフォルメしよう」
かくして、この騒々しい作品が生れたわけです。
しかし、読者の皆さんの中には、
「ふん、十倍デフォルメしてやっとこの程度か。小林って奴は本当に想像力の乏しい奴なん だな」
と思われる向きもあるかもしれません。
それははっきり申しあげて正しい。
断固正しい。
わたしは自慢ではありませんが(まあ、自慢にもなりませんが)幼少時よりほんとうに想 像力が乏しく、図工や音楽など想像力を必要とする科目にはいつも泣かされてきました。 (もっともそれと同じくらい算数や国語など想像力を必要としない科目にも泣かされてきま したが。)
そんな具合ですから小説を書くにあたっても、最も上質な想像力を必要とするリアリズム の手法(だってありもしないことをリアルに書くんですよ!)や人生論的なお説教(たかだ か一回の人生のそれもまだ途上にありながら、まるで何でもかでも知り尽くしてるような顔 をして人生を語るんですよ!)などは到底使えず、このような非常に泥臭い『十倍デフォル メなどという方法を用いざるを得なかったのです。
しかし皆さん、かような邪法を用いた報いはやはりてきめんなのでした。 『小説伝』を書き終えた後、わたしはほんとうにがっくりきてしまいました。なぜならそれ はリアリズム小説の持つ恰幅のよさもなければ人生論小説の持つ重々しさもなかったからで す。
わたしはつくづく思いました。
「やっぱり小説はリアリズムだ。体験の重みだ」
わたしは人間に重みをつけるため旅に出ようかとも思いました。(もっとも先立つものが なく断念せざるをえませんでしたが。)
さて、九月に入って漸くショックから立ち直ったわたしは深く深く決意しました。「今度 こそ人から誉められ自らも誇りに思えるようなリアリズム恋愛巨篇を書こう」と。
そうして出来上がったのがこの『純愛伝』なのでした。
結果は御覧の通り、想像力の無い者にリアリズムの壁は厚いと言うことを改めて証明しな おしたにすぎませんでした。
こうなれば後に残された道は人生論的お説教小説しかありません。
実のことを申しますと今わたしは人知れず人間に重みをつけるための特訓に励んでいま す。特訓内容は極秘ですが、そのメニュウの中に女性との婚姻が含まれると言えば内容のハ ードさは想像がつくでしょう。さあこれからです。気のせいか肩や腰のまわりに人生の重み がもりもりついてきたようにも思います。
わたしは遠からぬうちに人生の苦悩をすべて知り尽くした大人の小説家として皆さんの前 に再度登場するつもりです。
それまで皆さん、
ごきげんよう、さようなら。
一九八六年二月吉日
小 林 恭 二
(C)1986/2 Kyoji Kobayashi
著作リストに戻る