KOBAYASHI Kyoji
JALINET

「春歌」(リブロポート)


あとがき

 とにかく「はずかしくてはずかしくて」というのが、今のいつわらざる気持ち です。
 できればこのまま「おゆるしくださいませ」と首をふりつつ退場してしまいた いところなのですが、句集を開いてくださった皆様に連絡しなければならないこ ともあって、こうしてでているわけです。
 先に連絡事項をすませてしまいましょう。
 この句集は基本的には二十歳から二十三歳までの作品が収められています。わ たしは大学二年で俳句を始め、卒業と同時に本格的な句作から手をひきました。 一年留年していますので、その間四年です。この句集はそのうちの後半の三年間 の俳句からできています。
 ただその中で二句だけ例外がありますので、これを挙げておきます。
 一句は「紫陽花は両手あふれるほど未来」という句。このなんとも甘ったるい 句は十九歳のとき作りました。あーはずかし。
 それからもう一句「しゃぼん玉風にはじけずわたし歩く」。こいつは逆に二十 八歳のときの作品です。
 あとはすべて二十歳から二十三歳までの間に制作されたものの中から選ばれま した。ちなみにこれは意図してのことではなく、この句集を作ってくださった平 野甲賀氏と平野公子さんが、気に入ったものを集めていったら、自然とこの時期 の作品に集中してしまったというのが、真相のようです。
 本当のことを言いますと、ゲラをいただいたとき、わたしは全句書き換えたい 衝動に強くかられました。だってはずかしくてはずかしくて。でも我慢しました。 一度書かれてしまった作品は、作者の所有物にあらずというわたしのモットーが、 それをゆるさなかったのです。と言えればカッコいいんですが、本当は俳句に関 して極度に眼高(?)手低の状態になっている今のわたしが、いい気になって言 葉をいじくれば、目もあてられないことになるのは分かり切っているからです。  さ、これで連絡事項もすみました。
 あとは「あとがき」っぽいことを述べるだけです。
 この句集は実はわたしの作品というよりは、平野甲賀氏、平野公子さんの作品 といったほうがよいものです。何も責任逃れをしようというのではありません( いや、実はそれもしたいのですが)。
 そもそもわたしは、もともと自分の作品をきちっととっておくようなタイプで なく、したがって作品も散逸しほうだいになっておりました。実際、いまわたし の手元には百二十ほどしか作品がありません。
 ところがある日、平野さんからわたしの句集を出したいということで、見本を 送ってくださったのです。
 びっくりしました。
 そこにはわたしが活字で発表した作品のほとんどが網羅されていたからです。 中にはわたしが完全に忘却している作品もありました。しかし、それでも平野さ んは不満顔で、もっと作品がほしいと言われました。そこでわたしは、長い間、 一緒に俳句を作ってきた寺澤一雄を紹介したのです。彼のノートにならわたしが おりおりに書き捨てた俳句が残っているかもしれないと考えたからです(ちなみ にもうひとりわたしの俳句の写しを所有している天野喜夫は、その時イラクで人 質になっておりました)。
 そのノートの結果、句集が出来たといっても過言ではありません。
 ほとんどの俳句は、忘却の彼方からやってきました。もう、はるか昔に別れた わが子と再開したようなものです。それも平野甲賀さんと平野公子さんが、不思 議な気紛れをおこさなければ、おそらく一生再会できなかったであろう子供たち です。中には出来の悪いのやら、発育程度に問題のあるのやらもいますが、総じ て元気に(?)育っているようです。はずかしいけど、わたしとしては大いに喜 ぶべきことなのでしょう。
 最後になりましたが、不思議な気紛れを起こしてくださった平野甲賀氏及び平 野公子氏に心からの感謝を捧げます。わたしはこれがなければ一生句集を出す機 会などなかったでしょう。それから素敵なイラストを寄せてくださった加藤裕将 氏、大事なタネ本を提供してくれた寺澤一雄氏にも感謝します。

小 林 恭 二
(C)1991/5 Kyoji Kobayashi


著作リストに戻る