あとがき
「おもちゃ箱をひっくりかえしたみたいな短篇小説を編んでみたい」というのが、この小説 集を作るにあたっての抱負でした。
要するに雑多で楽しく、傾向が重複する作品がないような短篇集を作ってみたかったので す。
その結果、このなんというかとりとめのない短篇集が生まれたわけですが、個々の作品の出 来不出来は別にして、こうやってあらためてゲラを読んでみますと、とりあえずのところ、初 志は貫徹したかなと思っています。
ただそうは言っても、この作品集を総体としてみた場合、一作一作の距離があまりにも離れ ており、読まれる方をめんくらわせるかもしれません。そこでそれぞれの作品にちょっとした 自解(というよりは覚書に近いものですが)をつけてみることにしました。
無論、蛇足であることは重々承知していますが、短篇集を読まれる方のロードマップのよう なものになればと思い、あえてつけ加えました。
光秀謀叛
のっけからまことに怪態な作品で、自分でも困ってしまうのですが、書いてしまったものは 仕方がないのであります。幕末における雄藩とヨーロッパ列強の奇々怪々な同盟関係がイメー ジとして最初にありました。
ついでヨーロッパにおける対ハプスブルグ包囲網と日本における信長包囲網の類似に思いが 及んだとき、気がついたら勝手に作品ができていました。
文体的には啓蒙的な歴史書のそれを借りています。わたしは案外そのテの文体が好きなので す。
豪胆問答
カルヴィーノのイタリア民話集にあった話を江戸時代に移植しました。藤沢周平氏の小説が 好きなこともあって、前々からいちどあのようなものを書いてみたいと思っていたのです。
バービシャードーの四十九の冒険 序章
苦労して書いたわりには幸の薄い作品で、よっぽど作品集から外そうとも思ったのですが、 書籍担当の釣谷さんにとめられ、思いとどまりました。
イスラム、ヒンズー二系統の神々の戦いというのがテーマで、底本としてはイスラムインド における民話集を使いました。あと、個人的にはイスラム最盛期における固有名詞の美しさが 好きで、それでもって作品をうめつくしたいという願望もありました。
その後、この作品の反省もあってアラビアン・ナイトを読み返してみましたが、あのおおら かさの源がまだつかめません。つかめたら再挑戦してみたい分野です。
家を見る
当初、高浜虚子の写生文を意識して作品を書くつもりでしたが、いい題材がみつからず、そ うこうしているうちに締切が間近になり、当時話題だったトゥーサンの作品の語りぶりを横目 に書き始めた作品です。できあがった作品はトゥーサンのものとは似ても似つかないのです が、わたしとしては彼の文章の詩性に影響を受けたつもりです。
韻文的な色合の濃い作品で、ひょっとして読者に読みにくい感じを与えるかもしれません。 また、象徴的イメージを意識して多用しましたので、その点が多少うるさいかもしれませ ん。しかし、わたしとしてはそれなりに気にいっている作品ではあるのです。
ヤスヨ
わたしは知的障害のある女性に対してある種のあこがれを抱いているのですが、これまで小 説のなかで、そうした女性を出したことはありませんでした。
ひとつは身のまわりにモデルとなりうる女性がおらず、きちんと造形できるかどうか心配だ ったのです。
しかし「おもちゃ箱をひっくり返したような短篇集」を作る上で、自分のアニマを語らない わけにはいかないので、おっかなびっくり書き始めました。
そうしたところ、予想に反して実にすらすらと筆が進み、一週間かそこらで書き上がってし まいました。
軽いスケッチ風の作品ですが、作者は案外気にいっていたりします。
磔
ヤスヨと同時期に書き始めたのですが、こちらは一転して苦心惨憺、途中までどう作品をし あげていいか、見当もつきませんでした。
ひとつには欲張っていろいろなことをつめこみすぎたことがあげられると思います。
作品中ストウニアの情報理論がでてきますが、これがまず盛り込みたかったことの第一。つ いで、当時疑っていたパソコン通信のありようも書いてみたいと思いました。更には高度に情 報化された人類の受難の象徴として磔のイメージがありまして、これをなんとか使わねばなり ません。そんなこんなで頭の中がしっちゃかめっちゃかになってしまいました。
今、読み直しても当時の苦悶が思い出され、憂鬱になるほどです。
しかし発表直後、筒井康隆氏より過褒気味のお手紙をいただき、苦労が報われたような気に なりました。
鍵
磔であやうく難破しそうになったわたしは、この「鍵」で今度は最初から最後までばっちり プロットを作りあげた上で書き始めました。
そうしたところ、すらすら書けたのはいいのですが、実に図式的な小説が出来上がってしま い、頭を抱えてしまいました。
困ったものです。
シクラメンの陶酔
わたしに哲学的スタンスと言えるものがあるとするなら、それは「自我というものに対する 悪意」の一言につきると思います。
これはすでにあちこちで書いたことなので、読んだことのある方もあろうかと思いますが、 わたしが西洋哲学の勉強を断念したのは一にも二にも「魂」という哲学用語が理解できなかっ たからでした。「魂」は「自我」の根源でありますが、ひとりひとりの人間に固有の「自我」 なるものがあるとは、到底わたしには考えられないのです。
わたしの小説の多くはこの「自我に対する悪意」から発していると言っても過言ではないと 思います。
近頃そういうスタンスで小説を書くことに少々あきてきたことも事実なのですが、そうは言 ってもこの短篇集に「自我に対する悪意」をもとにした小説がないことも問題でもあり、ここ らで書いておこうと思って筆をとったのが、この作品です。
久し振りに「対自我悪意小説」を書いてみると、なんとも楽しく、ほとんどうきうきしなが ら執筆しました。
この小説は「すばる」で発表したものですが、同時進行していた「海燕」のマンガ特集でも 調子に乗って憑依ネタを使ったところ、読者から「手抜き」だと指摘されてしまいました。
沢好摩伝
この作品はかなり前に書いたものなのですが、気に入っている作品でもあり、この機会に収 録してもらいました。
小説とも評論ともきちんと分類しにくい位置にある作品ですが、だからこそこのなんでもあ りの作品集に収録するのがベストだと考えたのです。
瓶の中の父
両親があいついで亡くなってから二ヶ月ほどして書いた作品です。
両親が死んだ前後一週間ほどは、まさしく悪夢でした。今でも当時のことをよく夢に見ます が、見るたびに寿命が縮む思いがします。
本来なら少なくとも十年は手をつけたくないような話でしたが、雑誌担当の高橋至氏と常々 この短篇集の最後は私小説でしめくくろうと話していたこともあって、逃げるわけにもいかな かったのです。しかし、まさかこんなことが起こるとは。
書いたあと、さまざまなところから反響がありました。多くの父の友人の方からもお手紙を いただきましたし、知人友人からも感想を記した手紙をもらいました。
わたしは父の友人のみなさんには、次のような返事を出しましたが、「瓶の中の父」の続篇 ともいうべき性格の手紙ですので、ここに転載したいと思います。
前略
折角懇切なるお手紙を頂戴しながら、お礼が遅くなった段、ご容赦ください。
父に関してはいまだ考えがまとまっていない点があり(生涯まとまらないのではないかとい う予感もあります)、どうお返事をしてよいか分らなかったということもあります。
あともうひとつお返事が遅れた理由を挙げるとすれば、一人の人間の生涯をたかだか原稿用 紙五十枚前後にまとめてしまったという自責の念が脱稿直後からあり、手紙をいただいたとき 直感的に、その点に関する叱責のお手紙に違いないと思ってしまったところにあります。この あたりは己が影に怯えるの類のものだとは思うのですが。
小説脱稿後、父についていろいろと考えたことを、お礼替わりと言っては僭越ですが、書き 記したいと思います。
父は生涯にわたって「救済」を強く希っていました。これはおそらく幼少時再降臨派の影響 を強く受けたことによると思われます。(祖母が熱狂的な信者だったためです。)再降臨派とは ご存知のことと思いますが、プロテスタントの中でももっとも過激な宗旨を奉ずる一派で、キ リストの降臨はもはや間近に迫っており、それを迎えるためにすべてをなげうって準備しなけ ればならないとします。父は幼少時それが怖くてならなかったとよく語っていました。また、 外地で育ったこともあり、日本帝国の破滅には殊に敏感でした。そうしたこともあって、本質 的に現世を仮の世と思っているようなところがあったと思います。
しかし、それと同時に自分の中のそうしたいわば退嬰的な部分を嫌悪する気持ちもはなは だしく、自らを鼓舞してリアリストになろうとしている部分がありました。父は結局、キリ スト教を捨て仏教に向かうのですが、生涯キリスト教に関心を持ち続けました。もっとも子 供であるわたしには仏教を語っても決してキリスト教については語ろうとしなかったのです が。
もっとも子供のとき、わたしに何か苦しいことがあると決まって引用するのは聖書の文句で した。父の語る聖書の言葉の深さを、わたしは忘れることはないでしょう。
父は企業人としての自分のアイデンティティを、生涯はかりかねているようなところがあり ました。「企業人としての誇り」を持とうと努力していたことは確実に言えます。父が実社会 に遺した唯一にして無二のものは、○○社社員としてのそれであり、それを否定したり軽視し たりすることは、父の倫理観から言えば卑怯なことの筈でした。そう、父は弱いこと、そして それに関連して卑怯であることを、異常に憎んでいたと思います。そんな人間が「弱いこと」 を許容する宗教に惹かれるのも思えば不思議な話ですが、まあ、そのあたりこそ人間のメカニ ズムなのだと思われます。しかし、「企業人としての誇り」を十全に持ち得たかというと、ど うやら必ずしもそうでなかった模様で、晩年のニヒリズムへの傾斜はそのあたりに端を発して いるように思われます。人間と誇りの関係はもっとも厄介なものであると同時に、もっとも崇 高なものであります。父もまたこの点でいつも苦しめられていたのでしょう。
草々
この作品集の制作にあたって、高橋至、片柳治、釣谷一博の三氏にたいへんお世話になりま した。心より感謝したいと思います。
小 林 恭 二
(C)1994/5 Kyoji Kobayashi
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