その153
【カメ人間日記】
(2007年3月後半)
三月十六日(金)
田中啓文氏から、今日キムチを取りに行ってもいいか、という電話があった。なんでも、難波で打ち合わせをしているのでその帰りに寄る、というのである。二十日に「ハナシをノベル」があるからそのとき持って行くからと前にメールしていたのだが、なんでも前回、足もとに置いていたキムチがキムチであるということもそれが自分の荷物であるということも忘れて「こんなもん知らんっ。なんやこの変な包みは。あかんあかんっ、こんなおかしなビニール袋に触ったらあかん、死ぬぞっ」などと大騒ぎしたらしい。アホや。そんなことを思っていたところに、当の田中啓文氏から「商店街のどこで曲がるんやったっけ」と電話。
ついさっき、「道わかってるか」と尋ねたら、「わからんわけないやろ」と偉そうに言っていたのにいきなりこれである。途中まで迎えに行き、チゲを食いながらビールを飲んで小説の話などしていると「その小説、今日が締め切りやねん」とか言いだす。
「ほんならこんなことしてたらあかんがな」
「キムチを取りに来ただけやから」
ところが帰り際、肝心のキムチを持っていないことに玄関を出たところで気づいてやったのは私である。
「帰り道わかってる?」
「あたりまえや」
家の前に立って見ていると案の定、最初の角を逆のほうに曲がった。でもさすがにすぐに気がついて正しいほうに曲がったようだが、はたしてちゃんとキムチを持って帰れたかどうかは知らない。
*チゲ、細うどん。
三月十七日(土)
妻の実家に子供を連れて行く。
*おでん、白米、菜の花のお浸し、蛤の吸い物。
三月十八日(日)
*すき焼き、白米。
三月十九日(月)
夕方、五十分ほど走る。
*紅菜の花と塩豚のスパゲティ、大根とルッコラとプチトマトと金柑のサラダ。
三月二十日(火)
『ハナシをノベル!!』第六回に行く。
今回は、
「ロボット医者」作・林譲治
「戯作者の恋」作・飯野文彦
の二本立て。
いつからこうなったのか、気がつけば観客にも最初の頃の胃が痛くなりそうなあの嫌な緊張はすっかりなくなっていて、新しいネタのお披露目にはとてもやりやすい空気ができあがっているのである。こんなことを感じたのは今回が初めてで、回数を重ねることでこの会がこなれてきたからだろうと思う。八天さん自身もマクラで言っていた通り、とても余裕が感じられる。田中啓文氏の司会もすっかり板について、ネタ前の盛り上げにはもはやかかせないものになっている。なかなか貴重な才能だと思う。今回の、林さん、飯野さんとのしゃべりもうまく運んだ。おかげで、素面で人前でしゃべる飯野さんという珍しいものを今回見ることができたし。
「ロボット医者」は、ヴォミーサの落語版みたいな話。いやまあ、全然違うけど。
お話は単純だが、テンポがよくて展開に不自然なところがないので、とても聴きやすい。この先、まだまだいろんな部分で膨らませたりして遊べそうなネタである。
「戯作者の恋」は、よくあるタイプの怪談かと思いき
や作中の現実と虚構が混ざり合って人情話に着地、という趣向。展開が観客の予想とはすこし違う方向、違う方向へといくので、そのずらしかたで客がうまく引っ張っられていた。
最後にそれが実在の人物と重なるという講談的な仕掛けは、江戸なのに関西弁でいいのか、とか、そこに持っていくなら前半の時代考証をあえて無視したギャグは無いほうがいいのではないか、とか、そのあたりはこの先の演者の工夫次第か。それにしても、これで
もおもしろいのに、まだまだよくなると思わせてくれるというのは、ネタの持っているお話としての力が大きいからだろう。
というわけで、今回もおもしろかった。
なによりも、この落語会の成長みたいのが感じられた。場数を踏むというのはえらいものである。この会にかかわることができて、ほんまによかったと思う。いや、それにしても、これはちょっと考えられないほど贅沢な遊びをしているのではあるまいか。
打ち上げで楽しく飲んで、自転車で上町台地を越えて、深夜に帰宅。
*打ち上げの場にあったもの。
三月二十一日(水)
*ドライカレー、大根とトマトと金柑のサラダ、味噌汁、コールスロー。
三月二十二日(木)
なんとまあ四十五歳だ。妻が、プレゼントに洋酒とレーズンの入った生チョコを作ってくれる。ありがたいことである。
*ドライカレー、大根とトマトとイタリアンパセリと金柑のサラダ、味噌汁、菜の花とチンゲン菜の炒めもの。
三月二十三日(金)
梅田に出たついでに、大丸でピカソ展を見物。エッチングとか版画がたくさんあってなかなかおもしろかった。ついでのピカソでけっこう時間をくってしまったので急いで本来の目的であるリサイタルホールの桂雀三郎独演会へ。
田楽喰い 桂雀喜
神だのみ・初恋編 桂雀三郎
二人ぐせ 桂出丸
不動坊 桂雀三郎
(中入り)
天王寺詣り 桂雀三郎
お彼岸の最中にこんな「天王寺詣り」を聴けるというのは贅沢なことである。すっかりいい気持ちになって帰ってくると、「さっき雀三郎師匠から電話があったで」と妻。
「あれ? これ、携帯とちゃうの? 見かけたから、ちょっと飲みに来おへんかと思て」という内容だったらしい。ありがたいことである。携帯電話を持ってなくて残念、などと思うことは珍しい。
*たらこ、玄米、秋刀魚の塩焼き、味噌汁、大根サラダ。
三月二十四日(土)
某シナリオ学校の講座で小説の書き方とかを例によって行き当たりばったりに喋る。でもまあそんなもん、こっちが教えて欲しいのだがなあ。
*中華料理屋にあったもの。
三月二十五日(日)
*手打ちタリアテッレのカルボナーラ、大根とイタリアンパセリと金柑のサラダ、蕪とごぼうの煮物、パン。
三月二十六日(月)
午後、劇団の稽古場でトランペットのレッスン。師匠の唐口一之さんから、なかなかおもしろそうな計画について聞く。うまくいくといいなあ。
去年も食べた合鴨農法の鴨が届いた。うまかったので今年は三羽注文した。妻によってこれがどう料理されるのか、とても楽しみである。
*鴨の蜂蜜焼き・コリアンダー風味、肝の刺身、白米、味噌汁、大根と金柑のサラダ、コールスロー、野菜のオーブン焼き。
三月二十七日(火)
植木等というより、あのものすごくかっこいい人、というのが子供の頃の認識で、小学校の頃、テレビで夕方に再放送していた「どかんと一発」というクレージーキャッツのドラマをみるために小学校から走って帰っていたのをよく憶えている。ぼびんぼびんぼん、
ぼびんぼびんぼん、というあの主題歌は、よく口ずさんでいた。
所ジョージのオールナイトニッポンで植木等のことがよく話題になっていたのは嬉しかった。あれは高校生の頃か。
大学に入ると落語研究会にはそんな話の通じる人も何人かいて、子供の頃に買ったクレージーキャッツのソノシートを大事に持っている先輩なんかもいて、飲みながらよくそんな話をしたり酔っ払って歌ったりしていた。
だから、働き出してからもクレージーキャッツの歌はよく口ずさんでいた。そういえば、『昔、火星のあった場所』のなかで、サラリーマンになった主人公に植木等の真似をさせたりもしたのだが、あれは会社の帰りに喫茶店で書いていた小説だから自然とそうなったのだろう。
たぶん映画に関する私の最初の記憶らしきものは、夏祭りのときに空き地でやっていた野外映画で、ビルの屋上みたいなところで歌いながら踊っていたあの人の映像なのだが、あれがどの映画だったのかはよくわからない。たぶん記憶のなかで映像がだいぶ変形してしまっているのだろう。でも、とにかく、それがあのかっこいい人であったことは間違いない。
あんなことができる人は他にいない。
*鴨の唐揚、玄米、鴨の肝と野菜の炒め物、鴨と野菜のスープ、大根とキャベツと金柑のサラダ。
三月二十八日(水)
妻の友人が来たので、昼食は鴨肉の醤油漬けから初めて鴨鍋に鴨南蛮まで。
夕方、一時間ほど走る。
*盛岡冷麺。
三月二十九日(木)
*キムチ炒飯、味噌汁。
三月三十日(金)
夕方、一時間ほど走る。
*蕎麦、かき揚げ、大根と金柑のサラダ、味噌汁、ドーナツ。
三月三十一日(土)
*ちんげん菜とキャベツの炒め物、鴨ロースの醤油漬け、トビアラの天麩羅、玄米、豚汁、大根とキャベツと金柑のサラダ、菜の花の芥子酢味噌あえ。
無断転載禁止 (c) Yusaku Kitano/Hiroko Morikawa(イラスト)
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