その176
【カメ人間日記】
(2008年3月後半)
三月十六日(日)
ビッグバンドのライブ。吹けん吹けんとは思っていたが、思っていた以上に吹けなかった。まあ楽しくやれたのでよしとしよう。実際、今回は曲を覚えるだけでいっぱいいっぱいだったし。でも、次回はもうちょっとなんとかしたいなあ。
*打ち上げの場にあったもの。
三月十七日(月)
*鴨のコンフィ、鴨ロースの醤油漬け、鴨のガラと炊き込んだご飯、鴨油で炒めた蓮根と菜の花、きく芋の醤油煮、味噌汁。
三月十八日(火)
*鴨のガラと炊き込んだご飯、味噌汁。
三月十九日(水)
朝、五十分ほど走る。やっぱり朝のほうがいいようだ。
ネットで、クラークの死を知る。
海外SFはあんまり読んでないのだが、クラークはまだ読んでいるほうで、文章のつながりかたというか、段取りを淡々と積み重ねていくあの手つきみたいなのは大好きだった。『宇宙のランデブー』の最初のラーマ発見から、それが人工物だと特定されてから調査のためにそれに追いつくまでの段取りとか、太陽系の広さとかラーマの速度なんかが実感できるあの感じは読んでてものすごくわくわくしたなあ。『神の鉄槌』とか『2010年』とかも。
短編は『太陽からの風』と『大渦巻II』かな。
そうかあ、クラーク、死んだのかあ。
*鴨のガラと炊き込んだご飯、鴨の手羽と野菜の煮物、鴨のレバーと砂ずりの炒め物、きく芋の醤油煮、大根と水菜とカニ蒲鉾と金柑のサラダ、サラミ、味噌汁。
三月二十日(木)
*鴨の皮と菜の花のスパゲティ、大根と水菜とカニ蒲鉾と金柑のサラダ。
三月二十一日(金)
*鴨のレバー炒め物、豆入り玄米ご飯、菜の花の蒸し煮、コーンクリームシチュー。
三月二十二日(土)
朝、四十分ほど走る。
四十六歳の誕生日なので家でゆっくりと過ごそうかという気もあったのだが、しかし雀三郎みなみ亭で、「地獄八景」と「らくだ」を続けてやるというとんでもないことが行われるので、これは嫁はんを質に入れても行かねばなるまい、と行ってみると皆の考えることは同じらしく、もう満員で入れんかもしれない。まあしゃあないなあ、とあきらめかけていたところになんとか増席して、幸運にもぎりぎりで入ることができたのである。
というわけで、客席はぎゅうぎゅうでこれから長丁場、大丈夫かいなとちょっと心配になったのだが、まったくそんな心配は無用なのだった。
一席目の雀太さんの「天災」がいきなりの良い出来で、前からよくなっていくなあと思っていた雀太さんのそのイメージをさらに超える良さである。とても前座という感じではない。ちょっと工夫しましたとか器用にこなしているような小手先のおもしろさではなくて、話そのもののおもしろさがきちんとおさえられていて、無骨にじわじわと盛り上げつつクライマックスの笑いにきちんと照準があっている。いやほんまにこれからが楽しみ。
で、「地獄八景」。これをやるというだけでイベントになってしまうような大ネタ、ということになっているのだが、まあ長いのは長いけど、そんな大げさなものではない、むしろ軽くて楽しい旅ネタ、とマクラで師匠がいきなり言ったように、軽いアホな噺としての解釈で、ひたすらわやわやと楽しくて、たしかにあの軽さあってこその地獄、ほんに急がん旅である。登場人物がみな、妙にふっきれている感じがあって、もちろんそれはもう全員が死ん
でいるからなのだ。
染二さんはあいかわらずの「クスリでもやってるんちゃうか」というような芸風で、あのときどき勢い余って線がはみ出したりぐちゃぐちゃになって、でもまあええやん、という「近日息子」は、今日の「地獄八景」と「らくだ」の間にはさむのにふさわしい、というか、これしかないのでは、という気になる。葬連繋がりでもあるし。
さて、これだけ盛りだくさんのあとの「らくだ」である。
雀三郎師匠の「らくだ」はもう何度も聴いているが、その度に、こんなおもしろくてすごい「らくだ」はない、と思う。今回も、そう思った。すべての登場人物の造形からこまかい台詞にしぐさ、噺の展開、すべてが腑に落ちる。いいかげんなところは微塵もない。細部まで完璧にコントロールされていて、しかも力がある。それよりなにより、本当に何も無い高座にいろんな人や物が見えるのだ。途中で落語を聴いているのだということを忘れそうになるほど。
それにしても「地獄八景」をやったあと、続けてこのテンションを保ったまま最後まで走りきるというのは、ちょっとした奇跡である。
打ち上げの席で、田中啓文とそんな話をしてひたすら幸せになる。やっぱりものの値打ちのわかった人間と値打ちのあるものについて話すというのはいちばん楽しい。人の悪口は二番。はっぴばーすでー。
上方落語の二大「主人公が死人の噺」をふたつとも生で聴けた幸せな誕生日だった。
*打上げの場にあったもの、ティラミス。
三月二十三日(日)
*鴨のガラと炊き込んだご飯、菜の花の蒸し煮、コーンクリームシチュー、キムチ。
三月二十四日(月)
*鴨のガラと炊き込んだご飯、大根と白菜と山芋の煮物、蓮根の鴨油炒め、ほうれん草の
炒め物、コーンクリームシチュー。
三月二十五日(火)
朝、五十分ほど走る。
近藤さんの喜寿のお祝い。
*居酒屋にあったもの、ティラミス。
三月二十六日(水)
*鴨のガラと炊き込んだご飯、鴨のコンフィ、大根とセロリと金柑のサラダ、蓮根の鴨油炒め、ほうれん草の炒め物、コーンクリームシチュー。
三月二十七日(木)
朝、一時間ほど走る。
*アスパラガスのソテーと卵黄ソース、黒米入り豆ご飯、大根とセロリとカニ蒲鉾と金柑のサラダ、コーンクリームシチュー。
三月二十八日(金)
*菜の花の蒸し煮、ちんげん菜のコチジャン炒め、マスタードグリーンと水菜と金柑のサラダ、豆入り玄米ご飯、コーンクリームシチュー。
三月二十九日(土)
朝、一時間ほど走る。
*菜の花の蒸し焼き、鴨の油で炒めた蓮根、マスタードグリーンと水菜と数の子と金柑のサラダ、豆入り玄米ご飯、コーンクリームシチュー。
三月三十日(日)
朝から一心寺方面で劇団関係の仕事をして、午後、妻の友人がやってきて、いっしょに鴨を食ってビールを飲んで、ちょっと昼寝してから、夕方、つるっぱし亭へ。
兵庫船 桂雀太
初天神 桂雀三郎
洋式トイレ物語 桂雀喜
天神山 桂雀三郎
雀太さんの落語は、あいかわらず聴いていて気持ちがいい。ほんまにええ感じに育っていくなあ。雀喜さんは今、いろいろと方向を探ってじたばたしている時期なのだと思うが、それでものんびりほのぼのしているあたりが持ち味なのだろう。そのあたりが生かされると、うまくいくと思う。今回の新作はなかなかアホみたいでよかった。もっとアホみたいになってほしい。
初天神は、自分に子供ができてから聴くとずいぶん印象が違う。なるほど、この子供の台詞とか行動というのは、デフォルメではなくリアリズムだったのだなあ、とか。
天神山は、冒頭の春の雨上がりの描写から引き込まれた。パンフレットには「おたのしみ」になっていて、最初、貧乏花見かなと思っていたところに、むこうからへんちきの源助が歩いてくる。そこで、ああ天神山や、と気づくあの瞬間は自分がその世界にいて、いっしょにそばに立っているみたいな気になった。ほんまに見えるからね。
それにしても、雀三郎師匠が演るへんちきの源助は説得力があるなあ。なるほど、これはへんちきの源助やなあ、と今更ながら思うのだ。
いつも思うが、冬には冬、春には春の噺で季節を感じられるというのは大阪に住んでいる落語好きの幸せである。舞台になっている一心寺の前の坂とかあのあたりは、普段からよく走ったりしているところだし。
すっかりいい気持ちになってそのまま打上げで、雀三郎師匠のお誕生日を祝う。弟子がそれぞれ持ってきたプレゼントによって、そのセンスが問われるというのは、なかなかいいなあ。いや、ええもんを見せてもらいました。
*打上げの場にあったもの。
三月三十一日(月)
*鴨と里芋と蒟蒻と葱の煮物、玄米、味噌汁、キムチ、バナナケーキ。
無断転載禁止 (c) Yusaku Kitano/Hiroko Morikawa(イラスト)
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