カメ天国通信


その185

【カメ人間日記】
(2008年8月後半)

八月十六日(土)
 八尾にある妻の実家へ行く。娘はほとんどの時間をビニールプールの中で過ごす。そんなに好きか。さんざんプールで騒いだあと、夕方、電池が切れたように寝てしまった。
 駅前のミスタードーナツでちょっと解決の糸口らしきものを発見する。ま、まだわからんけど。
*寿司、とんかつ、ポテトサラダ、西瓜。

八月十七日(日)
 妻の実家でだらだら過ごす。夜、帰宅。
*牛肉たたき、白米、ポテトサラダ、白桃、西瓜。

八月十八日(月)
*カレーライス、ヨーグルト。

八月十九日(火)
*オムレツ、冬瓜とジャガイモのスープ、黒米入り玄米、西瓜。

八月二十日(水)
 ようやく朝が涼しくなってきたので、ひさしぶりに五十分ほど走る。
*スパゲティ・ジェノベーゼ、葡萄。

八月二十一日(木)
*茄子とジャガイモのドリア。

八月二十二日(金)
 午前中、劇団の稽古場でトランペットのレッスン。
*空芯菜と茄子と万願寺の大蒜炒め、鴨と玉葱の醤油漬け、白米、味噌汁、スイートコーン、トマトと胡瓜とサラミのサラダ。

八月二十三日(土)
 SF大会で岸和田へ行く。
 落語の企画となんだかよくわからない大喜利みたいなのに出て、懇親会に出て、その途中で抜けて、テルミンのライブで田中啓文さんといっしょに一曲だけ吹いて、考えてみれば周りにいるのはいつもの顔ぶれで、これならSF大会でなくてもよかったようなもので、ようするに私にとってSF大会というのはそんなものなのだろうなあ。
*パーティ会場にあったものと居酒屋にあったもの。

八月二十四日(日)
 訳あって四時間にわたり屋台で綿菓子を作り続ける。たまに、ものすごく不思議そうに綿菓子を見つめる子供がいたりして、反応がなかなかおもしろい。
*弁当。

八月二十五日(月)
 妻が葉書で当てた『20世紀少年の試写会』に行く。なんというか、まあこれはテレビ局が何周年記念かで作った二時間ドラマみたいなものなのだろう。二時間よりもだいぶ長かったけど。
*居酒屋にあったもの。

八月二十六日(火)
*鴨と玉葱の醤油漬け、白米、モロヘイヤと冬瓜と鴨の皮のスープ、切干大根と大豆、西瓜、抹茶小豆ロールケーキ。

八月二十七日(水)
*鴨と玉葱の醤油漬け、白米、モロヘイヤと冬瓜と鴨の皮のスープ、切干大根と大豆、西瓜、抹茶小豆ロールケーキ。

八月二十八日(木)
*タリアテッレのカルボナーラ、モロヘイヤと冬瓜と鴨の皮のスープ、メロン、抹茶小豆ロールケーキ。

八月二十九日(金)
*夏野菜カレーライス、胡瓜とトマトのヨーグルトサラダ、抹茶小豆ロールケーキ。

八月三十日(土)
*豚骨の炊き込み御飯、空芯菜とピーマンの炒めもの、蜆と冬瓜の味噌汁、抹茶小豆ロールケーキ。

八月三十一日(日)
 『ハナシをノベル』を観に行く。
日曜の昼間ということで、お客さんが来るのかなあとちょっと心配していたのだが、蓋を開けてみると、なんとまあ今回は満員で、椅子が足りなくなりそうになりながらも、なんとかぎりぎり立ち見を出さずにすんだ。
 次回も満員なら、この『ハナシをノベル』というものもいよいよ定着してきたか、ということになるのだが、次回はまたがらがらかもしれんなあ。
 一本目は古典で、『阿弥陀池』。
 笑福亭たまさんは、落語をやるということはどういうことなのか、なぜ落語でなければならないのか、ということをきちんと考えたうえで、いろんなことを意識的にやっているという感じがした。新作落語に対する考え方も理論的で、考え方はどちらかといえば小説家に近い。珍しいタイプの落語家だと思う。いろんな集まりで作られる新作にそれぞれ色があるという意見は、とてもよくわかる。落語家からみてもやはりそれは感じるのだなあ。その色の違いというか、多様性みたいなものが落語界全体に必要だと考えているらしいところもとても共感できる。
 月亭八天さんの演じる今回の新作は、『片づけられない女』(森奈津子・作)と『恋しくて』(安田昌子・作)ということで、女性による新作二本立て、なのである。
 『片づけられない女』は、まあそのタイトル通りの噺で、その分聴いていて安心感というか安定感があって、爆笑はないものの普通にお話を楽しむことができる。よく受けていた。たまさんも言っていたが、これは八天さんの力が大きいと思う。まだ落語になっていない新作を、落語みたいに聴かせるのは、くすぐりとかストーリーではなく、ちょっとした仕草であったり口調であったりという、いわゆる落語らしさなのだ。そしてこれがあるだけで、お客は安心して笑うことができる。落語というのは変なものである。たまさんの「新作は、あの最後のところから始まらないといけないのでは」という意見はとてもよくわかるが、でもあそこで終わるというのも落語らしさであると思う。もちろん、あそこで終わるためには、もっと前半からいろいろやらないといけないというのは間違いない。
 『恋しくて』も、そういう点はよく似ていて、言ってみれば、世にも奇妙な物語のあの感じなのだが、それがちゃんと落語みたいになっているという点で、とてもうまくいっていたと思う。これもよく受けていた。
 でも、結局、これまた、たまさんも言っていた通り、古典みたいに何度も聴きたくなるかどうか、というのがいちばんの問題なのだろう。わかってはいるのだが、実際に舞台で落語をやる人にこういうことを言われると、書くほうとして、ほんまにそうだなあと改めて思うし、それができていないという点に関しては、正直けっこうこたえる。
 落語というのは難しい。笑福亭たまさんはとてもおもしろい。
 というわけで、今回もおもしろかった。
*打上げの場にあったもの。


無断転載禁止 (c) Yusaku Kitano/Hiroko Morikawa(イラスト)
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