その199
【カメ人間日記】
(2009年3月後半)
三月十六日(月)
妻が、テレビドラマの「銭ゲバ」を観ていると、四歳の娘もなぜかいっしょになって熱心に観始め、その途中でいきなりこうつぶやいたらしい。
「くらいせかいにすんでるねん、にんげん」
四歳にもそういうことは伝わるのか。不思議だ。人間とか世界なんて言葉を使えるだけでもびっくりするのになあ。子供というのはおもしろい。
*ホワイトカレー。
三月十七日(火)
雀三郎30日連続落語会に行く。
黄金の大黒 桂雀五郎
元祖 神だのみ 桂雀三郎
癪の合薬 桂文我
へっつい幽霊 桂雀三郎
今日もおもしろかった。しかも、珍しいネタを聴けるというのもこの落語会の特徴。まあ考えたらあたりまえで、ゲストは、もうすでに決まっている雀三郎師匠の六十と前座の三十の合計九十ネタ、それにこれまでのゲストのやったネタと被らないのを選ばねばならないわけで、当然、珍しいネタにならざるを得ないのだ。
つまり、n日目のゲストは、
90+(n−1)のネタと被らないネタを用意しなければならないことになる。
1≦n≦30だから、最大119である。後になればなるほど、きついのだ。まあ聴いてるほうは、楽しいですけど。
*鴨のロースト、鴨油で炒めた野菜、玄米、ブリュレ。
三月十八日(水)
すっかり暖かくなった。ベランダの亀も冬眠から覚めて起きてきた。
夕方、四十分ほど走る。
*ホワイトカレー。
三月十九日(木)
子供を見せに田舎に帰る。
*焼肉、白米。
三月二十日(金)
大阪に帰ってくる。
*鴨のロースト、白米、鴨油で炒めた野菜と茸、鴨と茸のスープ。
三月二十一日(土)
夕方、四十分ほど走る。
夜、雀三郎30日連続落語会に行く。
桃太郎 林家染太
貧乏花見 桂雀三郎
パペット落語 笑福亭鶴笑
口入屋 桂雀三郎
土日はかなり混んでいるので、無理かもしれんなあと思いながらも、でも久しぶりに口入屋を聴きたいし、まあ行くだけ行ってみよ、と自転車で出かけていく。開演直前まで下で待って、他にも待っている人が何人かいたのだが、なんとか入場できた。
この季節に、貧乏花見を聴くというのはほんまに幸せなことだし、口入屋はやっぱりあの陽気な助平がたまらんなあ。枯れた芸風ではあのわくわく感が薄れてしまう。その点、雀三郎師匠は根っからの女好きであるから、あの助平な番頭にすごく説得力がある。それ
にしても、あのクライマックスのどたばたは、何度聴いてもよくできている。
ゲストは、鶴笑さんの紙切りとパペット落語。まあこれならネタがかぶる心配はないわなあ。何年ぶりかで聴いたが、やっぱりアホらしくておもしろい。
*すき焼き、玄米。
三月二十二日(日)
四十七歳になった。妻と娘がケーキを作ってくれた。まあなかなか幸せな誕生日ではなかろうか。
*菜の花とベーコンのスパゲティ、水菜と金柑とチーズのサラダ、ココアスポンジとイチゴのロールケーキ。
三月二十三日(月)
夕方、四十分ほど走る。椎名林檎は、やっぱり走るのにすごくいい。
走ってから、桂雀三郎30日連続落語会に行く。
強情灸 桂さん都
神だのみ青春編 桂雀三郎
代書屋 桂千朝
三枚起請 桂雀三郎
神だのみは、ほんまにワンアイデアだけの噺で、じつに潔いというか、あっさりしているというか、でも、きっちり落語になっているとしか言いようがなくて、こういういかにも新作新作したものほうがかえって、小佐田さんという人がいかに落語の文法を使いこなしているかがよく見える。神様の登場の仕方なんか、ほとんど呪怨みたいなのになあ。ああアホらしおもしろかった。
三枚起請は、すごくよくできたおもしろい噺なのだが、後半のところがなんとも重たく、陰惨な感じすらしていて、あそこがなんとかならんのかなあ、でもそっちの方向性のほうが世間では喜ばれているみたいで、演るほうもああいう演り方のほうが気持ちがいいし、
気も入るのだろうな、しかしなんとかならんのかなあ、と昔は思っていた。
でも、雀三郎師匠のを聴くと、源やんというキャラクターの解釈によって、かなりその重さが軽減されていて、ああこっちこっち、三枚起請って本来こっちの方向のアホな噺やんなあ、と、納得したり喜んだりしていたのだ。
今回聴いたバージョンではさらに、それが推し進められていて、商売女の悲哀、とか、人間の業、とかそんなことよりむしろ、女のたくましさと男のアホ、が全面に出ていて、まさに聴きたかった三枚起請、というものに仕上がっていた。いや、幸せです。こんなこ
とをやってくれる落語家がいるとは。
ゲストの千朝さんの代書屋は、あえて色をつけずに太い線で、でも細かいところまできちんと描いていくということを意識的にやっていて、その方法論に確信を持っているという感じ。代書屋の後半を聴いたのは初めて。代書屋という噺自体、それが作られた当時の
風俗の記録にもなっている。そういう風俗やらディテールもいっしょに楽しめるのは、このスタイルだからこそ。ああおもしろかった。
さん都さんの強情灸も、前座とは思えない出来だったし、今回も本当に楽しませてもらいました。
客席にいた田中啓文さんといっしょに打ち上げにもお邪魔して、ネタについてのあれこれを雀三郎師匠に尋ねたり、好き勝手な解釈をわあわあ喋ったり。こういう至福の時を過ごせるのは、落語の神様からのプレゼントかもしれんなあ、などと思いながら自転車で
帰宅。もっとも、そんなものをもらえるようなことは何にもしていないのですが。
*打ち上げの場にあったもの。
三月二十四日(火)
夜、一心寺シアターのワークショップに行く。ひさしぶりにフォークギターを弾いたので指が痛い。
*すき焼き、玄米、鴨のスープ。
三月二十五日(水)
*リゾット。
三月二十六日(木)
夕方、サックス奏者の井上君宅まで五十分ほど走って自転車をもらいに行く。後ろに子供を乗せられるタイプのしっかりしたやつに乗って帰宅。
*鴨ロースと玉葱の醤油漬け、菜の花の炒め物、白米。
三月二十七日(金)
午前中、劇団の稽古場でトランペットのレッスン。
夜、雀三郎30日連続落語会に行く。
米揚げ笊 桂吉の丞
悋気の独楽 桂雀三郎
あくびの稽古 林家花丸
雨月荘の惨劇 桂雀三郎
連続落語会も二十七日目なのだが、疲れが見えるどころか、雀三郎師匠はますます研ぎ澄まされてきている感じで、おおげさでもなんでもなく、なんかもう神がかっているのである。『悋気の独楽』がいったいどうやったらこんな大爆笑ネタになるのか。
前から変えてあったサゲはさらに強力になっているし、なによりもすべてのキャラクターの造形が素晴らしい。そしてそのあとに『雨月荘の惨劇』というもっともアホらしい新作。こっちももちろん大爆笑である。声のトーンとダイナミクスがこれ以外にない、という形にばしっと決まっていて、こういうものをマイクなんか通さないこんな小さな会場で聴けるというのは、ちょっと考えられないような贅沢なことだと思う。
どちらも完璧としか言いようがないのだが、がちがちで何かがちょっと狂うと壊れてしまうようなやわな完璧さではなく、もし少々とちっても噛んでも、それをさらに笑いにしたあと、まったく崩れていない世界にすぐに観客を連れ戻せるような、強靭さというか柔軟性というかいいかげんさというか、そんなものもあわせ持った完璧さであって、最近のお笑いにありがちな「がんばって練習したんやろなあ」というような余裕のなさとは対極の芸である。
いやほんまにまいりました。
*パエリア、キャベツとチーズのサラダ。
三月二十八日(土)
雀三郎30日連続落語会に行く。
煮売屋 笑福亭呂竹
帰り俥 桂雀三郎
茶屋迎い 月亭八天
小倉船 桂雀三郎
帰り車で大阪から舞鶴まで走り回り、小倉船の上から海中深く竜宮城まで。落語という表現の自由さを堪能する。なんにもないからなんでもできるというおもしろさを再認識。楽しいなあ。
車と船の間に入る八天さんは、堅いお店からお茶屋の二階へ若旦那を連れ戻しに向かうという近くて遠い旅で、「地獄の黙示録」がこんな話になっていたらさぞかし傑作になっていただろうに、とか思ったりして、あ、でもそれはもしかしたらほんまにええネタかも
しれんなあ。
客席にいた田中啓文さんといっしょに打ち上げにもお邪魔する。
師匠といろいろ落語の話になって、「あそこんとこ、おもしろいですねえ」と私が言うと、「ああ、あれなあ、うちの師匠が作ったとこや」。じつは前にもこういうことが何度かあって、それはくすぐりというよりもちょっとしたニュアンスとか、季節感の描写のようなところなのだが、「そうそう、あそこであのひとことが入るだけで空気が伝わるや
ろ。うちの師匠が作ったとこや」なのである。こういうのを聞くと、桂枝雀という人が落語に付け加えたものは、あの爆笑以上に大きなものであるというのがよくわかる。その大きな遺産が、すぐれた弟子によってきちんと磨かれ理想的な形で継承され、つまり今も
生きているということも。ああ、おもしろかった。
*打ち上げの場にあったもの。
三月二十九日(日)
午前中に近くで用事があったので、ちょうどええわ、と二時から難波のオーキャットでやっているジャズフェスティバルとやらを覗きにいったのである。私のトランペットの師匠である唐口さんが、ビッグバンドで吹いているのだ。
一時間くらいのイベントだろうと思っていたら、これがなんと三時間以上の長丁場。しかもこのあいだまでの陽気からは考えられないほど寒い。にもかかわらず、昼ごろは日が照っていてけっこうぽかぽかしていたので、そんなに厚着もしていない。途中であまり
の寒さに建物の中に避難して、ころあいを見て降りてきて滝川雅弘カルテットをときどき建物内に避難しながら聴いたら、五時前である。ますます寒くなってきた。そこでばったりお会いした堀晃さんは、「えっ、このあと、唐口さん出てるんかいな。聴きたいけど、風邪ひいたらいかんから帰るわ」と去っていくのであった。そら寒いわ、としかいいようのない格好である。
ハービー・トンプソン+ビッグバンドの演奏はじつに気持ちよくて、唐口さんが全然ビッグバンドらしくないうつむいたいつもの姿勢で椅子に座ったままクールなソロを決めたりするのを、寒い中身体を揺すりながら大いに楽しんだ。サックスの宮哲之さんがMCと指揮をつとめていたのだが、ロックの人によくありがちな「熱い音楽でこの寒さを吹き飛ばそう」的なことなどもちろん言うはずもなく、いきなり「寒いからちゃっちゃとやって、とっとと終わります」に始まり三十分ほどの間に、「寒い」「帰りたい」「はよ終わろ」を十回以上、というか、ほとんどそれ以外のことは言わない。お客は大笑いで「がんばれー、宮ぁ」などと声援までとぶのである。
終わっても、アンコールなんかないぞ、という空気を全面に出しつつ、「はい、おわりっ、お客さんも、風邪ひかんようにはよ帰りましょう」。客も、そらもっともや、と笑いながらぞろぞろと席を立ったのであった。
*ちらし寿司。
三月三十日(月)
*菜の花とブロッコリーとベーコンのスパゲティ、キャベツと水菜とプチトマトと金柑のサラダ。
三月三十一日(火)
夕方、四十分ほど走る。
*水餃子、玄米、キャベツと水菜と金柑のサラダ。
無断転載禁止 (c) Yusaku Kitano/Hiroko Morikawa(イラスト)
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