カメ天国通信


その58

【カメ人間日記】
(2003年1月の終わりのほう)

一月二十三日(木)
 朝、関空に着く。果たして日本に持って入ってもいいのかよくないのか微妙なものが荷物のなかにけっこうあったので、リュックを開けて調べられなかったのはラッキーであった。まあ全部食べ物なんですけどね。なんだかんだで、重量も53キロである。雨のなか、なんとか帰宅。留守中に知り合いは誰も死んでいなかったようだし、ベランダで冬眠中の小亀二匹も無事だった。
 夜、サンケイホールへ『ピンポン』を観に行く。オープニングのかっこよさ気持ちよさに鳥肌がたった。こんなことは久しぶり。とにかくもう全編生理的快感が味わえる正統派青春スポーツ映画。ああおもしろかった。
*にゅうめん。

一月二十四日(金)
 録画を頼んでいた「M‐1」のビデオを観る。
 うーむ、審査員が多過ぎるのではないか。せめてあの半分の人数にして、決勝くらいは全員がきちんとコメントすべきだと思う。多数決というのはあんまりである。誰が誰に票を入れたのかというのがはっきりテレビに映っているのが救いか。
*ホワイトシチュー、白米。

一月二十五日(土)
 牧野修さんの日本SF大賞受賞お祝い会、略してマキノ会があった。「ええっと、マキノ会なんですけど」と店の入口で私は店員さんに尋ねたのだった。
「はあ? どちらさまですか」
「ええっと、マキノ会です」
「お伺いしておりませんが」
「でも、確かにマキノ会で予約入ってると思うんですけど」
「入ってませんね」
「田中という名前では入ってないですか」
「入ってませんね。井上さまですか?」
「いや、井上じゃないですね」
「木村さまですか?」
「木村という人でもないと思うんですけど」
 で、結局、支店を間違えているのではという推論に辿りつくまで、これが続いたのだった。
 会に関しては特に述べることもないのだが、あえてひとつあげれば、どう考えても死んでいるとしか思えないウエイトレスが、ときどき唐揚げなどを持って部屋に入ってくるあたりが牧野さんの会らしいところだろうか。
 最初に気がついたのは牧野さんである。
「北野さん、あれ見た?」
「見ました」
「死ん‥‥でたねえ、さっきの人」
「死んでましたね」
「皆、まだ気がついてないね」
「あれって、ぼくらにだけ見えてるんと違いますよね」
「‥‥‥‥」
 とまあ、だいたいそんなふうな会だった。牧野さんおめでとうございます。あ、それから、ぼくアホとちゃうで。
*唐揚げやらいろいろ、ビアホールにあったもの。

一月二十六日(日)
 田中哲弥さんがラジオに出るというので夫婦で見物に行く。昨日、「見に行くわ」と言ったものの、ホンマに行ってもええのかなあ、どうしようかなあ、と迷っていたところへ「ホンマに来るの?」と本人から電話があったのだ。
 とりあえず、田中哲弥がいかに楽な仕事をしていていかに人気声優にちやほやされているかということを見せびらかされた日であった。あと、暗闇でも放射線でよく光って日本で売っているのより放射線量のずっと多いトップガンも使っている腕時計というのも見せびらかされたのだが、そっちは全然うらやましくなかった。
 放送が終わった後、田中哲弥はビールを飲みながら窓の外を見て「まあ大阪も夜景だけは綺麗や」などと偉そうにつぶやき、そこでもまたちやほやされ、「けど、こんな景色はすぐに飽きるなあ」と先に帰ってしまうのであった。
*寿司、ピザ、チーズ、お好み焼き、サーモン、ピラフ、他。

一月二十七日(月)
*チャーハン、トムヤムスープ。

一月二十八日(火)
*鮎、白米、卵焼き、トムヤムスープ、えのきバター。

一月二十九日(水)
 夜は京阪神少年少女楽団の練習。久しぶりに吹くとしんどいなあ。
*鰯のスパゲティ、トムヤムスープ。

一月三十日(木)
 ゲラを渡すためK書店のHさんを待っていると、向こうから額にお札みたいなものを貼った妙な人が歩いてきて、あれ何やったかなあ、そうやキョンシーや、そんなんおったおった、懐かしいなあ、と思っていたらそれがHさんなのだった。風邪で熱が出てふらふらで「熱冷まシート」を貼っていなければ動けないらしい。あれを剥がしたら動きが止まるのだろうかと思うと剥がしたくてたまらなくなったが、そこは大人だから我慢しなければいけない。
*カレー。

一月三十一日(金)
*鰯とえのきと玉葱のパスタ、チーズケーキ、リンゴ。



無断転載禁止 (c) Yusaku Kitano/Hiroko Morikawa(イラス ト)
[  カメ天国通信 に戻る |  前のページへ |  次のページへ ]