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| 北野勇作 |
初詣帰りの電車でのこと。「お正月なのに」なのか「お正月だから」なのか、とにかく電車はすいていた。ぼくたちがいたのは、いちばん前の車両だ。 ふいに、車両後部のドアが開き、サングラスをかけた肩幅の広い中年男が入ってきた。ギターのハードケースらしきものを片手に提げていた。彼は運転席の手前までまっすぐ歩き、そこに立った。 しばらくしてまた、同じドアが開いた。金色の髪を後ろで束ねた若い男とカーキ色のコートを来た女が、入ってきた。二人ともマンドリンのケースを持っている。同じように運転席のすぐ手前まで行って立ち止まる。それから、またドアが開いた。今度は大正琴のケースを持った坊主頭の大男である。 彼らは並んだまま、お互いに目をあわせようともしない。前には空いた席があるのに、全員突っ立ったまま。そんなふうにして次々と人数が増えていった。 運転席と客席との仕切りのガラス窓には内側から灰色のカーテンが下ろされたままになっているから、運転手はたぶんまだこの事態には気づいていない。 一刻も早くこの電車を下りるべきだ、とぼくは思った。次の駅が近づきブレーキがかけられるのがわかったから、隣で呑気に眠っている彼女を揺すって起こした。 「次で、降りるよ」 「まだでしょ」眠そうな目で腕時計を見て、彼女は不機嫌そうにつぶやいた。 「いいから、降りるんだ」 駅に着いてドアが開いたらすぐに飛び出そうと思っていたそのときだ。いっせいに彼らが動いたのは。彼らは同時にそれぞれの荷物を抱え直したのだ。 やっぱりそうか。嫌な予感が現実であったことを確信し、ぼくは絶望的な気持ちになった。ああ、新年早々、なんてことだ。 「ねえねえ、なにやってんのあの人達。なんであそこに並んで立ってるわけ」 寝ぼけ声で彼女が言った。 「列車乗っ取りだ」 ぼくはささやいた。 最初に入ってきた男が、なかにマシンガンが入っているに違いないギターケースを抱えたまま、運転席へのドアをノックした。 「どうなるの、どうなるの」 「彼らは運転手に行き先を指示するだろう」 「でも、これ電車でしょ。行き先は変わらないんじゃないかしら」 「それなら、ダイヤを無視して行ったり来たりするんだろう」 テロリストというのは、とりあえずいろんな方法で秩序を乱そうとするものなのだ。 運転席の中からはまだ返事がない。男のノックが乱暴になる。がつん、がつん。突然、しゅたんっ、という音とともに灰色のカーテンが巻上げられた。次の瞬間に見えたのは、運転手の白い歯とめいっぱい剥き出されたピンクの歯茎である。あっけにとられている男に向かって運転手は、うききっと叫び、乱暴にノックされていたガラスをそれ以上に乱暴に内側から叩きかえした。何度も何度も。 「お猿だ」テロリストらしき男が言った。 「お猿よ」テロリストらしき女が言った。 「しまった!」いろんなケースを構えたままテロリストらしき彼らは同時に叫んだ。 「これはお猿電車だ」 それからの彼らは客観的にみてもよく頑張ったと思う。しかしなんといっても運転手はお猿である。バナナの一本も持ちあわせていない彼らは、運転手に自分たちの要求を伝えることすらできなかった。 かくして、電車は無事に正月ダイヤ通りの運転を続行し、お正月の秩序は維持されたのである。彼らは作戦失敗の責任をなすりつけあいながら、次の駅でぞろぞろと降りていった。 お正月にはときどきそういうことがある。 | |