'97ベトナムの旅

その2『麺と西瓜とコーヒーと』

   えー、まずは一句。

熱き地できしめんみたいなものを食う

 というわけで、麺好きにとってベトナムは天国であった。いや、麺だけではない。日記をぱらぱらとやってみると着いて三日目にはすでにこんなことが書かれている。

『こっちに着いてから食べたものにハズレがない。これはすごいことである』

 1ヶ月余り滞在したのだが、結局この感想は最後まで変わらなかった。





2月4日(火)

 もっと安いホテルに移ることにした。ツインで10ドル。さぞかしぼろぼろであろうと覚悟していたら、まったくそんなことはない。階段を六階分登っていくのはしんどいが、そのぶん街が見渡せる。トタン屋根がごちゃごちゃ並ぶ露地裏がどこまでも続いているのが見える。窓は大きく風通しはいい。天井には大きな扇風機。日本のビジネスホテルなどとは雲泥の差。
 日差しのきつい昼間はあまり動かないことにした。夕方からうろうろ。
 昨日見つけた裏通りのカフェでコーヒーを飲んでから中央郵便局へ。入ると正面にはでかいホーチミンの肖像画。天井が高い。切手買う。
 向かいには教会があり郵便局を出るとちょうど夕焼け空。しばらく眺めてから、郵便局への途中に見かけた飲み屋がたくさん集まっている通りへ。
 こっちにはビヤホイと呼ばれる居酒屋みたいなものがたくさんある。ビヤホイというのはそこで出されるビールみたいな飲み物のことでもある。1リットル入りのポリタンクみたいなものに入っていてこれが3000ドンとか4000ドン。アルコール度数は日本のビールより少し低いようだが、まあビールの味がする。
 店と外はほとんど仕切りなどなく、そのまま舗道までテーブルとイスが並べられている。エアコンなどホテル以外ではほとんどないからそういうことになるのだろう。
 すぐ目の前をバイクがびゅんびゅん走っている。クラクションは遠慮なくというか必要もなく鳴らされ、ここでもバイクの流れが跡切れることはない。
 通り過ぎるヘッドライトやらテールランプをぼんやり眺めながら、わからないままに料理を指差して注文する。
 シャブシャブ風にして食べる肉、八宝菜のごときもの、エビ春巻、どれもうまい。
 ビールジョッキにはでかい氷が入っている。氷の隙間にビールを注いで飲む。汗をかいて喉が乾いているからちょうどいい。
 それにしてもバイクバイクバイクである。食べている間もずっとバイクの河が流れている。クラクションが鳴っている。こいつらはなんでこんなに元気なんだ、と思う。
 七時過ぎに満腹で店を出る。それにしても、日本には紹介されていないような味ばかりではないか。シャブシャブ風、と書いたがあくまでも「風」であって、鍋のなかのスープは甘酸っぱくパイナップルやらトマトが入っていたりする。こんな組み合わせ、想像つきますか。しかも食ってみると違和感がまるでない。
 グエン・フエ通りに。昨日よりさらに賑やか。花市はライトアップまでされている。
 人が多くてまともに歩けない。そこへさらにバイクが加わる。とにかくこっちではバイクはどこにでも入ってくる。無茶しよるなあ、と何度つぶやいたことか。それだけ人間が元気なのか。バイクに乗るというのはけっこう疲れるはずなのだ。

花市にバイク溢れてグエン・フエ

  とにかくバイクが道を埋め尽くす。さらに、好き勝手に走る。舗道を走る。二人乗り三人乗りはあたりまえ、五人家族が乗っているバイクもある。そしてあいかわらずめったやたらのクラクション攻勢。
 バイクの海をよたよたと渡り宿を目指す。
 途中で西瓜を下ろしているトラックを発見。これはひとつ買わねば。どれも大きい。縞模様ではなく深い緑色。もうちょっと小さいの、と手振りでやるが、向こうはそれを、これ小さいやんけ、という意味に受け取ったらしくさらに大きいのを持ってくる。
「ちゃうちゃうっ、もっとちっちゃいのん」と日本語で言うほうがニュアンスが伝わるせいかあっさり通じたりする。
 二万ドンというのを、森川がメモを出し一万、向こうは一万五千。森川、一万二千。そこで交渉成立。その間もトラックからは手渡しで西瓜が下ろされ路上に積まれていく。
 そうか、ここは西瓜王国でもあったのか。今頃日本は真冬であることを思い出し、意味もなく嬉しくなる。
 西瓜をかかえて急ぎ足で宿に帰り、テラスでさっそくかぶりつくのだ。





2月5日(水)

 またしても昼ごろまで寝てしまう。朝早く起きて、暑くならないうちに行動しようと行っていたのに。夏休みは朝の涼しいうちに勉強しなさい、なんてよく言われていたなあ、などと思う。もちろん、そんなことが出来たことなどない。
 結局、暑い盛りの十二時頃に出発。
 戦争犯罪博物館へ。暑い。喉が乾く。白人の観光客多し。
 いわゆる観光コースに入っているようなところは結局ここしか行かなかったなあ。面倒くさかったし、街のなかを目的も無くだらだら歩いているほうがおもしろかったのだ。
 森川、すこしバテ気味。郵便局と教会の前の公園で休む。日陰に入ると涼しいから助かる。草の上にしばらく仰向けにひっくりかえっていた。
 グエン・フエ通りに出ていた屋台でバインセオを見つける。ガイドブックにベトナム風のお好み焼と紹介されている食べ物だが、まあ強いて何に似ているかと言えばお好み焼と言えないこともないがなあ、という程度。でもやっぱり全然違うよなあ。
 卵の入った生地をばりばりに焼いてそれに豆モヤシやら香草やらなんだかんだを包んでいる。ニュクマムをベースにしたタレもいっしょに出てきた。レタスとか香草が山盛りで付いてくる。ばりばりばりばり食べる。うーん、うまいうまい。
 またあのカフェへ行ってみる。営業中ではないようだ。大掃除みたいなことをやっている。テト(旧正月)が近いからか。
 表から覗き込んでいる我々を見つけ、あれれ、お前らまた来たんか、という感じで笑ってわざわざ仕舞いこんでいたイスとテーブル出して来てくれる。
 アイスコーヒー(カフェ・ダー)たのむ。どのガイドブックにも氷は避けたほうがよい、などと書かれているが、もうこのへんでええやろ、と。
 とにかくもう、どこでもやたらと氷が出てくるのである。コーヒーだろうがジュースだろうが、グラスに差してあるスプーンを引き抜けないくらいぎっしりと砕いた氷が詰っている。氷を恐れていては何も飲めない。(結論から言うと、大丈夫みたいである。こっちは家庭用の冷蔵庫などほとんどなく、あってもあれだけの大量の消費には追いつくはずもなく、従って店で使われているのは氷屋の氷である。水道水をそのまま使っているということはまず無いのではないか)
 アルミのフィルターで出すコーヒーと、氷のぎっちり入ったグラスが出てくる。ぽたぽたとコーヒーが溜まったところで、グラスのなかにざばっと入れる。少し氷が融けたところでがしゃがしゃがしゃと長いスプーンでかき混ぜる。もちろん底に溜まるほどの砂糖もいっしょである。これがオーソドックスなアイスコーヒー。これにコンデンスミルク(これも半端な量ではない)を加えたのが、カフェ・スーア・ダー。アイスミルクコーヒー、といったところか。旅行中にすっかりこの甘い甘いコーヒーに慣れてしまったため、帰りの飛行機でブラックのコーヒーを飲んだ時は思わず、なんじゃこらあ、であった。
 とにかく暑さでバテ気味の身体にはこれがやたらとおいしいのだ。あとで口直しのお茶まで付いてくる。これは、ジャスミン茶か。
 今日も市場を見に行くことに。地図にはヤン・シン市場というのが載っているのだが、なにしろ大雑把な地図なのでよくわからない。いいかげんに歩いていく。
 露地がある。なかに広場みたいなものがあるのが見える。もしかしたら市場か、と入っていくが、袋小路になった長屋のようなところであった。広場の中央には井戸があり、それを囲むようにごちゃごちゃと家が密集している。黒沢明の映画『どですかでん』に出てきたような感じ。たぶん、昔の日本に雰囲気が似ているのだろう。
 森川、例によってずんずん入っていく。外人が珍しいらしく、子供も大人も不思議そうな顔でこっちを見ている。屋台があってプリンを売っていたので買う。
「バオニュー?」
  唯一知っているベトナム語で森川が値段を尋ねる。おばちゃんたちの間に笑いが起こる。
 プリン食う。なにやらなつかしい味。すぐ横では、何人かが蒸しパンみたいなものに筆で赤い点々をつけている。テトのお供え用のお菓子か。
 広場の隅では子供たちが遊んでいる。声が大きい。やっている遊びのルールでもめたりしているようだ。
 輪のまんなかにゾウリを置いてそれを取りあって反射神経を競う遊びのようだが、ルールは結構複雑で見ていてもよくわからない。森川がカメラを構えているのに気づくと、走って逃げる。家から母親が出てきて笑いながら、写りに行け、と背中を押したりしているが少年は怖がってこない。とりあえず、大人たちがにこやかにしているようなので安心である。井戸の周りには鶏やヒヨコがちょこまか歩いている。
 プリンを売っているおばちゃんに写真を取っていいか尋ねる。笑って承諾してくれた。
 門のようになっている建物の隙間を再びくぐり、外の通りへ。そのまま歩いて行くと道の両側には次第に店が増えてくる。
 ペンキ、グリス、機械部品の類がたくさん並べられている。バイクの流れを縫いながら眺めて歩く。流れのままに行くと橋に出た。川からは大便の匂い。川の向こうに見える家はもたれあうように密集し傾きどれもが潰れかけている。橋の上には何人も物乞いがいて手を伸ばしてくる。それにしても物乞いは多い。どこにでもいる。屋台で食べていてもすぐに後ろに立たれる。別に観光客だから立っているのではなく現地の人が食べていてもそうしている。こっちの人はそういう場合どうしているのかというと、だいたい十人にひとりくらいがなにがしかのお金をあげているようだ。他は無視するか、手で追いはらうようにするか、である。
 さすがにその先はいかにもやばそうな雰囲気。橋は渡らず、市場を進んで行く。途中からアスファルトは無くなり、いつの間にか地面は土。
 両側には果物がたくさん並んでいる。どれも一キロ単位。けっこう高いのもあるがパイナップルなどは安い。どういうものが贅沢品でどういうのが安物なのかという感覚がさっぱりわからないので買い物にも苦労する。なにしろこっちは外国人観光客だ。常にボラれるのではないかという疑いの目で周囲を見なければならない。
 それにしても巨大な市場である。こういうのを見ると、土産物などもあったベン・タイン市場とかは観光地なのだなあと思う。
 いやあもうとにかく人がひしめきあっている。押される押される。そんなところに、バイクやらシクロやらが強引に入ってくる。荷物をぎっしり積みあげている。天秤棒かかえたオッサンが喚きながら人をかきわけていく。もうめちゃくちゃのもみくちゃである。
  頭真っ白のまま押され押されて進んでいくと、なんとここは昨日西瓜を買ったあの角ではないか。ということは、すぐそこがホテルのあるファン・グー・ラオ通りである。昨日トラックから下ろされていた西瓜は急ごしらえの特設テントのようなところに詰め込まれ、次々に買われていく。
 こっちでは、正月といえば西瓜らしい。うーむ、やはり西瓜王国であったか、とわけのわからんことをつぶやきつつひとまずホテルへ戻る。夜までひとやすみ。


(つづく)

無断転載禁止 (c) Yusaku Kitano/Hiroko Morikawa(イラスト)
[ クラゲ旅行社に戻る | 前のページへ | 次のページへ ]