'97ベトナムの旅

その4『テト(旧正月)』

「爆竹が禁止になってからテトもあんまりおもしろない」
 飛行機のなかで隣あわせたあのベトナム人青年はたしかそんなことも言っていた。
 ははあ、そういうもんかいなとそのときは聞いていたのだが、いったいそのテトというのがどういうものなのかじつはよく知らないのである。
 聞くところによると、今年のテトは2月7日からだという。つまり6日の今日は大晦日、なのだ。
 いったいどんな具合なのか、とりあえず、夕方から中国人街であるチョロンへ出かけてみようということになったがその前に、再びホテル裏の露地を歩き回ることにする。
 風景が一変していた。雑貨を並べている店や食べ物の屋台がいくつも並んでいた一角はきれいに片付けられ、午前中に来た時はあんなにごちゃごちゃしていた露地が今はすっきり、ずいぶん広く感じられる。たちこめる線香の匂い。家の玄関で燃やされている色紙や護符。
 タイ・ビン市場にも、もう店は出ていない。野菜や果物や魚やアヒルが並べられていた木箱の上には、なにもない。きれいさっぱり、ない。段差のつけられた通路と、ところどころに水溜まりが見えるだけ。間違えて別の場所に来てしまったのかと思うほどの変りよう。
 日除けとして使われていたパラソルはすべて閉じられている。がらんとした市場に立っているものはそれだけである。夕空をバックに黒ずんだ傘が、眠っているコウモリみたいに無人の通路にずらりと並んでいる光景は、なかなかいい。しばし見入ってしまう。
  そんな街を眺めながら、チョロンまで歩いて行くことにした。地図によると五キロくらいか。露地の入口にまだ開いている屋台を見つけ、とりあえず腹ごしらえ。ラーメンに似た黄色い麺。別皿で出てくる山盛りのレタスやら香草をスープにひたして食べる。
 大通りを歩かず、露地を抜けていくことにした。大まかな方向さえあっていれば大丈夫だろうと、露地を奥へ奥へ。大人も子供もいっしょになって縁台に腰かけてトランプやら将棋みたいなのをやっている。昔の日本の夕涼み風景といった感じ。トランプに人垣ができているのでいっしょになって見ていると、子供が寄ってきた。腕にぶらさがったりして遊んでいるが、そのうちひとりが「マニー、マニー」と手を出してくる。うるさいので歩き出したが、しつこくついてくる。夕涼み姿の老人が話しかけてくる。流暢な英語。ニューヨークにいたことがあるという。その間もガキは「マニー、マニー」とうるさい。無視していると、腕をひっぱったり身体をつかんできたりする。
 森川が、掌でばちばち叩いて追い払おうとするが効果なし。調子にのったガキほど鬱陶しいものはない。そのうちにもうひとり仲間を連れてきていっしょになって「マニー、マニー」と騒ぐ。誰もいないところで殴ってやろうかなどと半ば本気で考える。
 大きな道路に出た。走って向こう側に渡ってしまうとようやくあきらめた。調子にのったガキの鬱陶しさは万国共通であると思う。
  途中、甘味屋を見つける。店の前に出したガラスケースのなかにたくさんの商品を並べて準備している様子。初詣の客のための準備だろうか。休憩がてらに、果物のたぷっり入ったかき氷を食べる。森川がたのんだお菓子はプリンみたいな外見で水羊羹に似た味。
 夕焼けの赤と群青色がとけあったような空の下を行く。巨大な街路樹が影絵になって暗い空にそびえている。
いちおう地図にあるいちばん大きそうな寺を目指している。なにしろ、いったいどこで何が行われるのかさっぱりわからないのだ。日本の正月から類推すると、十二時を過ぎたら大勢が初詣に行くはずである。だからとりあえず大きなお寺、それからおもしろそうなものがあったらそっちについて行けばいい、といたって大雑把な計画で出てきたのだ。 そんなわけで歩き続けているのだが、おかしい。暗くなってきたのにまだ寺らしきものは見えないし人影も少なくなってきた。もしかしたら、昨今のテトというのは外で騒いだりせずに自宅で静かに過ごすものなのだろうか。いやもしかしたら、まったく見当はずれの場所を歩いているのかもしれんなあ。
  すっかり暗くなって少しばかり不安になってきた頃、中国のお祭に付き物と言ってもいいであろうあの音、ごわあああん、ごわあああん、とか、かんからかんかんからかん、というのが聞こえてきた。見ると舗道の前方に、鐘やら太鼓やらを荷台に積んだトラックが停まっているではないか。戦争映画に出てくるような無骨なトラック。そしてそのトラックを取り囲むようにしているのは、お祭りのために集まった青年団といった感じの一団である。皆同じオレンジ色の衣裳を着ている。鳥山明のマンガとかカンフー映画とかによく出てくるような服。荷台をよく見ると鐘や太鼓といっしょに、獅子舞いや、頭にすっぽりかぶるでかいお面も積んである。
「やっぱりこれからどっかでやるんやなあ」「どこでやるんやろなあ」などと言いつつ見ていると、青年団のひとりが英語で話しかけてくる。「どこから来た?」「日本」「トーキョーか?」「いや、大阪」受け答えしていると他の連中も珍しそうに集まってくる。  こっちも頼りない英語で「これはどこでやるのか?」と尋ねる。すると、「乗りたいか? 乗りたいなら乗れ。これから行く。乗れ乗れ乗れ」とまあたぶんそういうことを言っているのだろう、荷台を指差しよじ登る仕草をする。「よそ者がこんなお祭の車に乗ってええのかなあ」などと言いつつも、結局荷台に乗ってしまう。全員乗ってくる。座る場所を作ってくれる。すぐに走り出した。鐘と太鼓の乱打。すぐそばでやられると耳が壊れそうである。交差点を曲る。かんからかんから、ごわああんごわあああん、と同じようなトラックが何台も現れる。同じ方向へ走っている。龍を積んでいるトラックもある。並んで走る。他のトラックの荷台の連中と声をかけあったりしている。
「すごいなあ」「すごいすごい」荷台の上で森川と笑いあう。それにしてもいったいどこへ行くのだ。かんからかんからどんどんかんからぎょわああああんぎゃわあああんぎゃわああああん、と、お祭気分、大いに盛り上がったまま次回へと続くのである。


(つづく)

無断転載禁止 (c) Yusaku Kitano/Hiroko Morikawa(イラスト)
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