'97ベトナムの旅

その5『続・テト(旧正月)』

 トラックは大通りを走り、やがて他の何台ものトラックと共に舗道に沿って停車。
   荷台の後ろが開けられ、手早く鐘や太鼓、獅子が降ろされる。日本の獅子舞と違って、大きくてカラフルである。その間も、かんからかんからと鐘は打ち鳴らされ続けている。いつの間にやら道路はトラックから降ろされた獅子やら 龍でいっぱい。舗道の向こうに公園の入口みたいなゲートがあり、一同は入場行進のように並んでそこへ入って行く。
 最初に話しかけてきた青年が、いっしょに来いいっしょに来い、と手招き。獅子を先頭にしたオレンジ色の一団と共にぞろぞろと歩く。ばくばく口を動かす獅子のあとについてゲートをくぐった。なかは広場になっていて大きなステージがある。ステージ正面、客席の後ろの方に、入場してきた龍や獅子が並ぶ。そこで出番を待つらしい。
「だいたい八時頃から始まる。それまで好きなところを見てまわればいい」と獅子の準備をしながら彼が言う。
 あとでわかったのだが、ここは文化センターというところで、一般客は料金を払って入場するようになっていた。彼らはわざわざ、ぼくと森川を獅子舞の集団に紛れさせてタダで入れてくれたのであった。
 広場を見て廻る。輪なげ、ボールを的に当てるゲーム、アイスクリームの屋台。
   少し離れた一角にはメリーゴーランドまであった。このメリーゴーランドは半手動。動かす時には、係員が手で押す。ある程度速度がついてくると慣性でそのまま回っているらしい。
 ぶらぶら見て歩いているうちに、代表らしき人物がステージでなにやら挨拶。それから、龍の出番である。一匹ずつ、つまり各グループごとにステージへ上がって、ひとしきり踊る。いろんなテクニックがあるようだ。螺旋状にくるくるまわしたり、とぐろを巻かせたり、胴体の上を頭が跳び越えたり。うまいグループもあればヘタなグループもある。技術の差はけっこうはっきりしていておもしろい。
 競技(?)が行われているあいだの鐘と太鼓、ドラの音は、もうものすごいとしか言いようがない。かんからかんから、どんがんどんがん、ぎょわんぎょわんぎょわん、ちんからこんちんからこん、と、もうとにかく打ち鳴らしている。龍がひととおり終わると獅子舞も出てきて、ステージでも客席でも踊る。そらもう大騒ぎである。
   ひとしきり騒いだと思うと、そのまま一気に出て行ってしまう。帰るぞー、という感じでどどどどどっと、一列になって去っていったのだ。なんともあっさりした終わりかた。外に出るともうトラックにすばやく積み込んでいる。あの獅子舞の一団を見つけて手を振る。走り出したトラックの上から彼らも手を振りかえしてくる。
 ステージではこのあと、誰かのコンサートが行われるらしい。入口のチケット売場にはすでに行列が出来ている。
 文化センターの周辺をうろついていると大きな教会があった。ライトアップされてはいるが人影はなし。やっぱり教会はテトと関係ないか、などと言いつつ、地図を頼りにお寺の並んでいる通りへ。途中から人が増えはじめそのまま流れに乗っていると、あったあった。通りまで線香の煙が立ち込め、お寺への入口には、一年でも今が稼ぎ時なのだろう、物乞いが大勢出ている。腕のない人、足のない人、何がどうなっているのかさえわからないような人、が道の真ん中にずらりと並んで足や手を突き出してくる。
 線香を買い、お寺に入った。中はすでに白く煙っている。なにしろ線香といっても大きい。長さが三十センチ以上もある線香の束だ。道端で売られているのを見て、てっきり花火だと思っていたあれは、線香だったのだ。とにかく、長い、大きい、多い、なによりも煙の量が違う。苦しい。目が痛い。涙をぼろぼろこぼしながら、見様見まねで順番に立てて回る。
   外に出て深呼吸。人がさっきよりだいぶ増えている。バイクも増えている。手に手に巨大な線香を持っている。半端な大きさではない。長さは一メートル半、太さも角材くらいある。火を着けて、そのまま持って帰るらしい。火のついた角材を掲げて三人乗りとか四人乗りのバイクが並んで走っているところは、ほとんど暴走族の集会である。いくつかお寺をまわるが、もう人が増えて入ることもできない。たらたらとホテル方面へ歩き出したところで、新年を迎える。
 バイクが追いぬいていく。五人乗っていた。一家そろっての初詣なのだろう。歩いている者はあまりいない。家々の角口には線香が立てられている。あれは線香の番をしているのだろうか、前に椅子を出してじっと座っている人を何人も見る。
 帰路、道端に座って飲んでいる若者集団があった。「ハッピーニューイヤー」と声をかけてくる。ギターを持っている。行過ぎようとすると、いっぱい飲んで行け、とコップを差し出してくる。
 と、いきなりなかのひとりが立ち上がり、なにやらベトナム語でわめきながら、どんぶりを道路に叩きつけて割る。声をかけてきた若者が、あいつは酔っているから気にするな、すまんすまん、というようなジェスチャーをする。今どんぶりを割った奴は、皆になだめられている。なんだかわからないまま、あいまいな笑みを浮かべその場を去る。個人的に腹の立つことがあったのか、それとも日本人の旅行者に対する怒りであったのか、よくわからないまま。
   ぶらぶら歩いてホテル前に着いたのが一時過ぎ。シャッターが閉っている。ブザーを探してがちゃがちゃやっていると開けてくれた。やれやれ。歩き疲れて足が痛い。
 てなところで、一句。

       大晦日走るバイクは五人乗り

 そんなこんなで、まだまだ続くテト編である。


(つづく)

無断転載禁止 (c) Yusaku Kitano/Hiroko Morikawa(イラスト)
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