
父の背中
「だってほら、この首すじにあるほくろが、なによりの証拠ですよ。僕の首にも同じほくろが」
私はプラットホームのベンチに座り、しばらく雄一と話しあった。不思議と冷静だった。
「アドレナリンの分泌を僕が抑えたからですよ」
とにかく、雄一は私の体から栄養を吸収し、しだいに大きくなっているのである。このままでは、私は雄一に食い殺されるだろう。
「息子の成長を喜んでください。虫の世界では、子供のために親が餌となるのはよくあることですよ、おとうさん」
私は人間だ!
虫じゃない!
食われてたまるもんか!
「おとうさん、落ち着いてください。僕はおとうさんを殺したりしません。栄養を少しもらってるだけです。おとうさんが死んでしまうと、僕も死んでしまいます」私はつかれた体をひきずるようにして、オガミ商事という見知らぬ会社をめざし、歩いていた。
そこに、雄一を産んだ本当の父親がいると彼から聞いたからである。
「産みのおとうさんです。でも今は、おとうさんが本当のおとうさんです。産みの父より育ての父です」
赤信号に行く手をさえぎられると、立っていることさえ辛くなり、私はズボンが汚れるのもかまわず花壇の縁へ腰をおろした。
「信号を渡ったら、あそこの薬局で栄養剤を買いましょう。ビタミンがとっても不足してますよ、おとうさん」
のどかな昼下がりだった。行き交う人々は私の襟首から顔を出しているグロテスクな雄一の頭部にまるで関心を示すことなく、通りすぎてゆく。
「色黒だけど、目は大きくてぱっちりしてますよ、おとうさん」
信号が青になった。しかし、私には立ちあがる気力がなかった。ここで、もう少し休んでからにしようと思った。
「がんばってください、おとうさん」
「休むなら、栄養剤を飲んでからにしてください、おとうさん」
なんだ? 今の声は?
「弟の雄二です」
「雄二です。初めてまして、おとうさん」
「どういうことだ?」
「分裂増殖しました」
「分裂? おまえたちは分裂するのか?」
「はい、するんです」
「まだまだ増えます。だから栄養を取ってください」
私はあわてて立ちあがり、赤にかわりかけている信号を無視して薬局へと急いだ。私はやっと、オガミ商事の受付にたどりついた。背中の子は四匹に増えていた。
「おとうさん!」「おとうさん!」「おとうさん!」「パパ!」
私は背中の息子たちを指さしながら、受付の女性にたずねた。
「この子たちの父親をさがしてるんですけど?」
受付の女性は少しも驚くことなく「七階へおあがりください」と笑顔で応えた。
エレベーターで七階へあがり、同じ質問をすると「浩三さんなら、奥のロッカー室だよ。右から三番め」と若い男子社員が忙しそうに答えた。
『浩三』と名札のあるロッカーを開けると、彼はそこにいた。
浩三はコンニャク色をした軟体動物だった。手足を折り畳んだ状態で、ロッカーいっぱいに詰めこまれていた。
縦に並んだ大きな二つの丸い目が、私を見つめた。
「どちらさんですか?」
「あ、あの……。あなたの息子さんたちを連れて来たんです」
私はそう言って、背中の子供たちを見せた。
浩三の目の色が変わった。
「おお、我が子よ!」
浩三はそう言いながら、でろでろとロッカーの外へタコのような体を広げた。