内藤 みなさん、こんばんは。筒井さんとは本当にお久しぶりというか、お電話だけはときどきさせていただいていますけれども・・・。実は今回の「スタア」のプリントは、筒井さん宅の地下倉庫から取り出して、貸してくださったんですね。
筒井 そうですね。ええと今まで2,3度その、上映したいというあれがありまして、それまでは神戸においてあったんですけども、あちこち回って、最終的に原宿の私の家の地下の書庫の横に置いたんですけど、重いですね、これね。
内藤 重いですね。
筒井 ものすごく重い。
内藤 で、フィルムの状態がわからなかったものですから、この前にやった「俗物図鑑」は日大の映画学科に管理してもらっているのですけれども、筒井さん宅の地下ではどうなのか、わからなかったので、私が一度見て、大丈夫でしたから、ほっとしたんです。
筒井 ええ、私もちょっと最後のほうだけ見ましたけれども、非常に状態がいいんで、安心しました。あちこちにねえ、やってもらって、あとどうなっているか見てないものですから、ちょっと気になったんですけど、よかったです。
内藤 今でも気になっているのですが、佐藤重臣さんから僕が頼まれて、「フリークス」と一緒に16ミリの映写機を買っていただいたことがあるのですけれども、まだお持ちなんですか?
筒井 あの、16ミリの映写機もあるし、「フリークス」も持ってます。
内藤 ああ、そうですか。いや、実はですね、「時の娘」をここで見ていただきたいと思っていました。あの映画を作ったあと、「エロチック街道」に入っていたと思いますが、「遠い座敷」を読んだんですね。で、これを先に読んでいれば、クライマックスあたりで加賀まりこが座敷をどんどん行くところを、もっと遠く、長く、撮れたなあと思って・・・。16ミリ版を僕は自分で持っていますから、映写機があれば、一度見ていただきたいと思います。
筒井 どうもありがとうございます。
内藤 映写のうまい学生を連れて行きますから。今回見ていただけなかったので、ぜひ。
筒井 あの何度も僕は見る機会があったんだけれども、いつも見ていなくて、どうもすいません。
内藤 ベティ・ブープなんか、まだ持っていらっしゃるんですか?
筒井 ええ、あれは16ミリで、ですね。だいたいほとんど全部持ってます。あの上映会も本当はもっとやりたいんですけども、この前一度やったら、一回の上映会に、キングフューチャーズ・シンジケートというところが管理しているんだけども、一回の上映会に100万円とられるんですよ。
内藤 この一角座みたいな映写状態のいいところで、そういう企画があったら、お願いしたいものですけどね。
筒井 ただやっぱり、どこでこっそりやっても、わかるとちょっとまずいことになるんでね。残念なんですけれども。
内藤 はあ。
筒井 お金とってはできないですから。私の家でこっそり上映会をやるくらいしかできない。
内藤 まるで「美藝公」ですね。僕も久しぶりに、「スタア」を35ミリで見ました。まあ自分でも筒井さんにお願いして16ミリ版は持っていて、学校に預けてあるんですが、名古屋の若松さん経営の劇場でやったときも、それからこの間、ラピュタ阿佐ヶ谷でやったときも、私の16ミリ版でやったんですね。で、久しぶりに35ミリで観ると、なんと生真面目なカメラワークかって・・・。「時の娘」はもういろんなカメラのいたずらをして撮ったんですが、これは改めて見て、真面目にやって良かったなと。今日ここに日大の映画学科の学生さんがいるかどうかはわかりませんが、2年生で初めてカメラのことというか、演出を教えるんですけども、単ダマと言って35ミリだったらば、75と50と32ミリかな。要するに3本ワンセットの非常に単純なレンズ。人間の芝居を撮るのに、まあ私は一番いいレンズだと思っているんですが、2年生には「ズームとか、そういうのを使わないで、単ダマできちんと撮りなさい」って、「それで芝居が取れるようになりなさい」って教えているんですけど、これは単純なレンズを使っているんですね。あのゴダールもやっぱり単ダマですね。まず3本のレンズだけだから経済的にレンズ交換なんかも面倒くさくない。それでやったのは、今考えると良かったなあと。芝居がきちんと撮れる。まあ皆さん、個性的な方だから。
筒井 そうですね。まあ、あの演出なんかはセオリー通りだと思うんですけども。ただこれは芝居でやった直後の撮影だったものですからね、まだみんな芝居の癖が残っていて。で、どうもくさいところがあるし、それから、私はこれやっぱり見たくないんですけども、下手なんですね。ええ、だから、このときは得意になってやっていたんですけれどもね、やっぱり今見ると下手で下手でどうしようもない。今もう一度やると、まあ歳も犬神博士の歳に近づいたから、ちょうどいいのかもしれないんですけれども、あんまり見たくない映像なんですよね。
内藤 いや、私は懐かしいなあと思いましたけれども。監督って、やることはないんですか?
筒井 いや、私は監督には向いてないんですね。監督っていうのは、やっぱり大変な仕事で、私自身が今まで役者以外のことをやったことがないので、どうしても役者の目で他の役者の演技を見てしまいますから。なんて言いますかね、いわゆる演出家が役者に演技指導し始めると、これはよくないんですよね。演出だけに限っていれば、いいんですけれども、つい演技指導することになっちゃうと思うんですよ。そうすると、やっぱりみんなお化けみたいな演技になっちゃうんですね。で、「踊る」って言うんですね。あの飯沢匡さんと以前お話したことがあるんですけども、飯沢さんが「福田恒存がそろそろ踊り始めた」と言うんですね。舞台の演出やってて、あんまり役者が下手だから「こうやるんだ」って言って、教え始めることを「演出家が踊る」って言うらしいんですね。で、「彼が踊り始めた」と言うんで、おもしろくて笑っちゃったんですけどもね。で、そういう風な映画になると、ちょっと困るんで、僕は演出家に向いていないと思いますね。
内藤 だから一応僕が助監督やるから1本撮られたらどうかなあと。いや、僕はこのところずっと回顧上映ばかりラピュタ阿佐ヶ谷とか、こういうところで、東映時代のとか、今年の秋は5本くらいやってもらって、恥ずかしい思いをしているものですから、現場へ出たいのです。文章を書かれる方も同じだと思うんですが、技術って毎日、まあ毎日とは言わないまでも絶えずレンズを覗いたりしていないと駄目なんで、映画の学校の先生だけは手放さないんです。かつて首位打者だった榎本喜八が再びプロ野球をやろうと、絶えずバット振っていたって言いますけれども、ちょっと僕にもそういうところがあって、学生が撮っているのを横でレンズ覗いていれば、撮るときにあがらないとか、調子が狂わないとか思っているのです。助監督も、僕ね、できると思っているんですよ。夏休み合宿にもついて行ったりしていますから。で、「俗物図鑑」に出ていた山本晋也さんがテレビで五木寛之さんと対談する番組がありまして、「何かしたいことありますか?」って訊いたら、五木さんが「映画監督だけは一度やりたい」って言ってましたから、筒井さんはもっと現場をやってらっしゃるんで、一度撮ることをおすすめしているんですけれども。
筒井 いやあ、まあ撮りたい場面ってのはね、自分の小説の中にもあるんですけども、それはごく一部分でありまして、全体を見回して、どうこうっていうことはとてもできないと思うんです。で、この前、あのやりたいというお話のあった「銀齢の果て」なんですけどもね。
内藤 今日この中にいらっしゃっているんですがね、監督の小谷承靖さん。
筒井 ああ小谷さん。
内藤 はい、有名な監督です。
筒井 私もあとその名前を検索させていただきましたけども、相当な方のようで、でも結局やっぱり、お金がないとどうしようもないんですね。まあ、あのそうですね、なんかの加減で2億か3億くらい手に入ったら、それこそやろうと思っているんですけども。
内藤 ああ、それをですか?
筒井 そうですね。やりたいです。ただ、その場合は、僕は演出じゃなくって、あくまでプロデューサーですけども。あれは、とにかく年とった俳優さんをいっぱい集めなきゃならないから、大変なことになっちゃうんですけども。あの、撮影中に何人か死んだりして。
客席 あはははは。
筒井 だからそのときにでも、どうしてもとおっしゃるなら、私も一部演出をしてもいいんですけども。例えばアメリカではよく、そんなにたくさんでもないのかな、たとえば007の「カジノロワイヤル」ですね。あれなんかは有名な監督が4,5人一緒にやったという、ああいう形でできないかと思って。ですから、総監督をまあだれかということにして、で、僕が中心なら中心で、あの雨の中の殺し場があるんですけどもね、そこは蜷川幸雄氏に撮ってもらうとかね、あとだいたいあの、内藤さんの得意なシーンとか、だから4,5人でやってというのも可能じゃないかと思うんですね。
内藤 そうですね。それはおもしろい話ですね。
筒井 だからセオリーさえしっかりしていれば、たくさんの監督でやってもいいと思うんです。「カジノロワイヤル」はめちゃくちゃな映画になったんですけども、あれはまあ、めちゃくちゃだからおもしろいんですね。僕は007のシリーズの中であれだけですね、おもしろいと思ったのは。
内藤 ああ、そうですか。それは興味深い話ですね。そんな映画をつくってみたいですね。ここで3本やっていただいたものも、いつもまあ、筒井さんの作品を除いてはまったく低予算ですが、僕は今、これを見ていて、あの中村・・・
筒井 れい子?
内藤 ではなくて、中村誠一のほうです。誠一さんとか、坂田明さん、まあジャズの方とかも出ていて、今もまあ、あちこちでやっていらっしゃるんですけども、筒井さんの「ジャズ小説」っていうのをみんなで撮るのであれば、楽しいと思います。僕が低予算で映画をつくるんだったら、「ジャズ小説」みたいなものを撮ってみたいと思うのは、デジタルビデオがすごくよくなって、たとえば「俗物図鑑」みたいな作品は、東映の事務系の同期生が500万円出してくれて、16ミリで撮ったんですね。でも今だったらデジタルビデオが発達しているから、もっと安い予算で撮れて、それから音楽シーンなんかも、まあ、うまく撮れると思うんですよ。で、僕が撮りたいと思うのは、たとえばこの辺だったら吉本隆明が書いていますけども、ビールを飲んでて一番うまいのは不忍の池に夕日が沈んでいくのを見ながら、あの精養軒の屋上で飲んでいるのが一番いいんだって・・・。まあそこで主人公が、筒井さんとか中村誠一に演奏させながら夕日を見てビールを飲んでるというような、「ジャズ小説」ムードの、こういうのを低予算で撮ったら気持ちいいだろうな、と思うんですけども。
筒井 別に低予算じゃなくてもね、お金はあったほうがいいんでしょうけども、この「スタア」だって今から考えればずいぶん低予算で、普通1億とか2億とかなんだけれども、これはまあ私が金出したのは6000万円ですしね、やっぱり低予算ですね。だからやっぱりもうちょっとお金があればと思いますけどもね。あのどうしてもやりたいとなれば、今住んでいる家が原宿の家で、あれが私、底値のときに買ったんですよ、あの土地を。今どんどんどんどん値上がりしちゃって、はからずも10倍くらいになっちゃって。だから、ただそれを売ると、今度は東京に住処がなくなっちゃって、で、どうしようかと思ってるんですけどもね。もっと値上がりして2,30倍になれば、2,30億か、2,30億になればあるいは売って、ということも考えているんですよ。
内藤 あの、僕はそれで今とても恥ずかしいことを思い出したんですけども、この「スタア」でマンションをどういうところにしたらいいかって・・・。まあ総合プロデューサーの筒井さんと話していたら、秀和レジデンスみたいな、ああいうのが、ああいうちょっとちゃらちゃらしたマンションがいいと。伊丹十三さんなんかが、みんな住んでいたんですけれども。ああいうところがいいんじゃないかっておっしゃったんで、あの実は僕、そこに住んでるんですって言ったら、筒井さんが困った顔をして、あれはおかしかったです(笑)
筒井 いや、あのときはね、書いてるときから秀和レジデンスが頭の中ににあったんで僕、内藤さんと同じ場所かどうか知らないけど、生島治郎って僕の兄貴分が秀和レジデンスに住んでたんで、そこへ2,3回行ったことがあるんですよ。ですから、ずっとといいなと思ってたんで。
内藤 いや、いいというか、ああいう安っぽいマンションがいいんじゃないかっていう意味に僕はとったから。
筒井 そんなことないですよ、生島治郎が住んでたんだから。
内藤 いやいや、まあ、見てくれですけども。今それを住宅の値上がり問題で思い出しました。そんなことがあったんですけども。僕はばかな話ばかりしてしまうから。いろんな変なことを思い出してしまうんです。さっきのタモリ(「スタア」にヒトラー役で出演)のヒトラーですけども、どうですかね、今ならできるんですかね。
筒井 あれは舞台ならヒトラーじゃなくて天皇が出てくるんですね。一応やっぱり問題があるから。タモリは本当なら天皇すごくうまいんですよ。
内藤 そうでしょうね。
筒井 ただあいつは出版記念会のときに来てくれたんですよ。そこで余興で天皇やったんですね。そのことを僕が書いたら、右翼から脅迫がきちゃったんですよ。そういったことが前にあったんですね。
内藤 それはタモリさんのところに来たんですか。
筒井 タモリの事務所に来たんですね。それで社長が怒って、絶対天皇のことはやるなと。僕が悪かったんですね。書いちゃったんですから。
内藤 今ですとあれは昭和天皇ですから、どちらがわかりやすいかという話のほうに。
筒井 やっぱりそれはあの必ず来ますよ。そりゃ天皇茶化しているわけだから。あの時は他にもいろいろ楽しかったんですけど、いろいろごたごたしましたね。水沢アキと中村れい子が仲が悪くて困っちゃった。ほんとにね、大騒ぎ。
内藤 演技の方法も全然違うし。水沢アキさんはそれまで付き合いなかったんですけども、べティ・ブープとちょっと似ているから、いいかなと思ったんです。筒井さんがベティ・ブープ論の第一人者でしたから。いろいろ僕もイメージありましたけれども、べティ・ブープに似ているからいいやと。誰に言ったわけでもないんですけれども、僕はそう思っていました。
筒井 僕も彼女は気に入ってます。あの本当にベティ・ブープそっくりの動きをすることがありますよね。ほんとうにワンカットなんですけども、向こうにちょこちょこっと走っていくときに、ああベティさんだと思うことがありました。
内藤 やっぱりそうでしたか。今日お会いできてよかった。初めて・・・。
筒井 僕も初めて聞きました。
内藤 そうでしたか。ありがとうございます。そういうことがあるんですね。長生きはするもんですね。
筒井 彼女の場合はそれまでNHKのクイズ番組で司会やってましたから、頭のいい子だということはわかってました。だから、そういう意味では安心でしたね。
内藤 僕はもったいないというか、まあ仕方がなかったんですけども、7年間、名古屋の大学に勤務したときに、夏、研究旅行とかで海外に行くときにかぎって、筒井さんがおもしろい断筆宣言のイベントとか、いろんなことをやってらっしゃる。日本にいなくて参加できず、いやだなあと思ってた時期があったんです。だから名古屋で近代能楽集を見に行ったとき、筒井さんのエッセイを読むと、わざわざ僕が東京から行ったみたいに書いてあったんですけども、僕は名古屋の宿舎に泊まってて・・・。
筒井 そうでしたよね、聞いてたのになんで僕はそう書いたのかな。
内藤わざわざ東京から来たって書いてくださって嬉しいなって思って。誤解してくださったほうがありがたいとは思っていましたが、現代文学を教えている教授が「本当に楽屋に行ったら筒井さんに会えるのか」って言ったんで、「おやすいごようだ」って二人で切符買って蜷川演出を見に行ったことがあります。あとは、ご無沙汰しているときも、山下洋輔さんとのオペラシティーのものとか、わりと遠くからは眺められたんですが、お話を本当にできたのは久しぶりだったので。
筒井 オペラシティーのあれですか?あの・・・
内藤 フリン…
筒井 ああ、フリン伝習録。
内藤 ああいうのは見に行ったりして。
筒井 そうですか、実現するかどうかはわかりませんけども、西宮のあの芸術劇場で今年またもう一度やってくれという。フランスの連中がやってきて、何日間か公演するんですけども、その直後にやってくれということを言いましたので、両方見られたら面白いんじゃないかと思うんですけども、あいにくあのとき支持してくれたNHKの茂木さんが、例の主席オーボエ奏者ですけれども、そのときに用事があるっていうんで、だから代わりがいないんですよね。今それを探している状態じゃないかと思うんですけどもね。その人さえ決まればできるんですけどもね。
内藤 そうですか。
筒井 それはともかくとして、「スタア」のときは原田大二郎がなかなか長台詞ができなくて、相手役が困っちゃって、休み時間をとって、その間に一生懸命やってました。
内藤 サボテンが刺さったまま長台詞。
筒井 ああいう芝居はうまいんですがね。台詞ちゃんとやってくれなきゃね。
内藤 映画スタアですからカット割って撮りますから、たいへんだったと思います。
筒井 でもね、彼は芝居にも意欲があって、その後にも神戸で一ヶ月間「スタア」を彼にやってもらったときにも。
内藤 僕も見に行きました。オリエンタルで。
筒井 そのときは、彼はとちりませんでしたかね?
内藤 そうですね。僕もほっとした記憶があります。
筒井 いや、それはね、確かにやったことあるんですよ。あの、彼、例の長台詞のところで、つっかえてしまって、20分間空白。
内藤 え?
筒井 20分間。
内藤 劇場で?
筒井 劇場で。結局、頭の中、真っ白な状態ですよね。ああいうときはプロンプターが後ろからいくら大きな声で指示を出してもだめなんですよね。もう頭の中が真っ白だから。
内藤 ああ。
筒井 だからああいうときは台詞を飛ばして次をやるとかね、あるいはプロンプターがそうしてやればいいんですけどもね。
内藤 真面目すぎるんですか?
筒井 いや、彼は逆ですね。もう実にいい加減な男でしてね。だから主役に向いてるんですね。
内藤 あははは。
筒井 島本匠太郎そのままなんでね、僕は許したんですけども。だから、そういうことが確か初日かな?仕方ないから、だから、みんなに「とちりそば」を配れって言ってね、「とちり弁当」というのをみんなに配ったんですけど。それで、中日にまたやったんですよ。もう何日かやってるんですけども、突然そうなるんですよ。
内藤 それはどういう現象なんですか?ゲシュタルト崩壊というか。
筒井 そうですね、ゲシュタルト崩壊というんですかね。だから、僕はそういうのを見ていて自分がそうならないか、ものすごく怖いですね。だから、年をとればとるほど芝居が怖くなるというのは、いろんなとちる人を見てるから、だんだんだんだん怖くなるんですね。僕は声が低いでしょ?のどが太いんですね。だから、舞台の上から埃が落ちてきて、なんかの拍子に吸い込んじゃうと咳き込んで、あとは声が出なくなって、ということがあるんですね。そういうことが2、3回あって、そのときはうまく誤魔化したんですけども。他のいわゆるベテランという連中に「ああいうときどうしたらいいんだろ?」って聞いても、みんな「そういうこと、なったことないから」って。みんなベテランといっても僕より若いですからね、若いからそれはできるんですけども。僕も若いころはそんなふうにならなかったんですけども。それからちょっと怖くなって。だから見てくださった「弱法師」、近代能楽集ですね、あのときがやっぱり、なんというか、演技が一番うまくなってたピークだったんじゃないかと思います。
内藤 たいしたもんだと思って見ていました。
筒井 あれからちょっとね、怖くなって芝居をやめましたけど。
内藤 たとえば、あの、三島由紀夫がもし生きていて見ていたりしたら、どういう感じですか?いや、見に来るでしょうね?当然同じ作家が・・・。
筒井 そうでしょうね、当然。彼はどうなんでしょう?彼は近代能楽集の演出をやったことがあるらしいんです、文学座で。ただその、文学座の人はまあ、みんなうまいから、ただ客席で見ているだけなんですけどね。喜んじゃって、うはうは喜んでるだけで、演出やらないんです。
内藤 ああ、そうですか。
筒井 喜んじゃって。だから、それはできないんでしょうね。
内藤 三島演出となっているものはありますけども。もうほとんど・・・。
筒井 だからあれは誰かが手伝ったんじゃないですかね?戌井市郎さんとかそういう人がね。
内藤 福田恒存さんはどうなんですか?
筒井 福田さんは、だからしっかりした演出ですよ。
内藤 ああ、そうですか。
筒井 ただ、福田さんがこの「スタア」の演出もしてくださったんですけども、彼が演出やるとね、これにもその癖がちょっと残ってるんですけども、北村総ちゃんなんか、そうなんだけども、あの人はシェークスピアでしょ。みーんな、ハムレットになっちゃうんですよ。
内藤 ああ。
筒井 そんなんじゃないって。いや、最初はね、みんな喜劇だと思って、おちゃらけた演技してたんだけども、福田さんがちょっとすごんだんですね。「筒井康隆の芝居、なめてんじゃないか」って。その次の日から、全員ハムレットになっちゃって。
内藤 おもしろいですね、ハムレット版の「スタア」を見てみたいですね。
筒井 だから、だいぶそれ残ってますよ、やっぱり。
内藤 北村総一朗は、今は「踊る大捜査線」ですかね、ご覧になったことありますか?
筒井 何度も見たし、共演もしましたし、テレビドラマで。彼は、演技は昔のままですけど。
内藤 今大スタアになっていますけれども、この映画作ったときなんかは北村さんが電話してきて「今日は観客が何名だった」とか言うんですよ。だから北村さんからの電話が怖くて。まあ、気をつかってくれているんでしょうが。僕は映画をいっぱい作ったといえば作ったんですけれども、安い映画を作ってきましたが、一度も東映なんか損させたことないんですね。「スタア」だけは筒井さんに迷惑かけたと思って。本当にこれさえなければ、一生涯、黒字の監督で過ごせたと思って、その点だけは残念なんですけども。まあ、楽しいからいいかと。
筒井 まあこれで6000万損しましたけれども。
内藤 あははは。
筒井 その後ね、私がそろそろテレビドラマやら映画やら演技のほうからお呼びがかかって、それがずっと続いたわけです。6000万通り越してますから、それはもういいやって思ってます。だけどもやっぱり、問題はあれですね、お金ですね。
内藤 まさか、これに和田アキ子が出ていますけれども、そのプロダクションに筒井さんが入ってしまうとは、私も思いませんでした(笑)
筒井 私も思いませんでした(笑)あのときね。だからホリプロの大先輩になるとは思ってなかったですけどね。
内藤 そうですね(笑)
筒井 でも皆この映画に出た人達・・・、皆ね、何となく上手くいっているみたいで良かったなと思っています。北村聡ちゃんが一番売れっ子になっちゃったけどもね。あとは、そうですね・・・。峰岸徹があのとき大変なことになりましたね。覚えていますか?ええとあれはアイドルタレントの何て子だったかな・・・。
内藤 もちろん覚えています。最後にこの映画を見た数日後だったんですよね。そしてその後、吉本隆明が紀伊国屋で講演して、彼女の死は時代的なものだから、追随者が出ても当り前であるというようなニュアンスで、良い講演をしたんですよ。
筒井 良くないよ(笑)
内藤 いやいや、良い講演というか(笑)講演自体はなかなか彼女の立場をよく理解したもので、それから後を追った人達に関しても触れて。だからこういうことのあった後だったから、僕はその講演を聞きに行ったんですけどもね。
筒井 うん、そうですね・・・。あのとき、やっぱり気の毒だったのは彼女がまあ死ぬ前・・・。あ、あのプレミアの試写会に来てたんですよね、彼女ね。あれは峰岸徹がずっと好きだったからということで、峰岸徹が記者会見させられて、いっぱい質問攻めにあって。彼ちょっとかわいそうでしたけどね。
内藤 そうですね、ええ。
筒井 でも、彼はなかなかそのときの受け答えなんかが素晴らしかったので、あれでまた値打ち上げたりなんかしていましたね、彼はね。
内藤 あのときの仲間でいえば、僕は中村誠一さんたちと上海に行きました。文化大革命を生き残ったというジャズバンドが和平飯店(ピースホテル)の地下クラブで演奏しているのとドッキングするというツアーがあって、一緒に。僕はただ日記を書いて発表すれば連れて行ってくれるというので、中村誠一さんのクァルテットについて行きました。タモリさんたちのやっている新宿の「J」というクラブが主催したみたいですが、上海に遊びに行くことが出来ました。皆さんにいろいろ損害を与えたりしながら、私自身は楽しい思いをしましたけど(笑)
筒井 (笑)
内藤 せっかく今日はファンクラブの方が、ファンクラブありますよね、今でも?せっかく来てらっしゃるので・・・。
筒井 いや、ファンクラブの連中とはずっとパソコンの会議室で何やかんやと話をしていますので別に今さら質問は無いと思いますが(笑)
内藤 だいじょうぶですか?じゃあ・・・。
筒井 じゃあ、ちょっと来年(2008年)のことでもお話しましょうかね。あの来年の。ええと、今日チラシが入っていましたけれども、まだ日にちが決まってないんです、大体は決まっているんですけども。どうしてもやれということで、何か、ドラマティック・リーディングという。私はまあ、なるべくラクしたいので、以前にやって受けたやつを2本やります。「おもての行列なんじゃいな」と、それから、何だっけ、そう「関節話法」です。これは爆笑もんだったのでもう一度やります。で、本当はその連中が、私のバックアップして出ろ出ろ、って言ってた連中が、みんな勝手に飲みに行って盛り上がったりなんかしてるんですけども、毎年やらせようってことになったらしいんだけども、私ももう歳ですから、ちょっと毎年出来るかどうか分らない。もしかするとその来年の5月が私の最後の舞台になるかもしれませんので、見に来てください。これはあの、どちらも別々の場所で何回かやっていますので、面白さは保証致します。それからまあ、ライトノベルの話か(笑)ちょっと会議室にですね、来年の1月に、『ファウスト』っていうライトノベルの雑誌があるんだけど、そこにライトノベルを書くってちょっと書いたら『産経』かなんかに記事が出ちゃって、大騒ぎになって。あちこちのサイトで大騒ぎになって。で、当の編集長知らなくて、皆から聞かれて驚いたと言っていましたけれども。「ビアンカ・オーバースタディ」というライトノベル。これもどうなるかは分からないんですが、「来年の1月には出す」と太田編集長が言っておりますから、恐らく出ると思います。それが、最初の第一回目が載るんですけれども、その後ですね、『ファウスト』はもうそれで止めると言っているんですね、太田編集長は。なんか子分に別のライトノベルの雑誌を創らせると言っていて。ですからそっちのほうに連載は・・・、まあどうなるのかちょっと今の所分りません。あとは来年の予定としてはそうですね・・・。あ、そうそう。来年早々に、昨年『新潮』に連載しました、あの、なんだっけ?
客席 「ダンシング・ヴァニティ」
筒井 「ダンシング・ヴァニティ」が出版されます。来年の1月の24、5日ぐらいになると思います。昨日、値段が決まりまして、ただ、値段が決まったけれども、それはハードカバーにするかソフトカバーにするかまだ決まっていなくてですね。ハードカバーにした場合は1600円、ソフトにした場合は1500円ということになります(笑)お買い上げ下さい。こちらからのお知らせはそのくらいですかね。
内藤 では話を戻して今日の映画、アフリカのケニアのこともそうだし、「キチガイ」と言ったり、すごいですね。テレビではとても放映できないと思って頭から見ていましたけれども(笑)
 筒井さん、あれはお読みになっていますか?あの、中島らもさんの「ガダラの豚」っていうの。
筒井 もちろん読みました。
内藤 あれのモデルは私が中部大学に行っていたとき、お世話になった人類学者の長島信弘先生だというんですけども。名古屋で一度だけ私の映画特集を、筒井さんの許可を得て、この「スタア」も一緒にして4本立てでやったことがあり、その先生も見に来て、アフリカ問題も含め、「いや、これでいいんだ」とか言って帰って行きましたが(笑)なにが「これでいいんだ」なのか、よく分りませんけれど、「ガダラの豚」というのは、アフリカ文化人類学の長島教授がモデルで、長島さんは文庫版の解説まで書いています。
筒井 そうなんですか(笑)いや、「ガダラの豚」は傑作です。大傑作ですね。あれは長部日出雄がほめてたんで、それで読んだんですけども。大傑作だと思いますね。中島らもとは1度だけ会ったことがあるんですけれども、あの「らも」っていうのはどういうところから、ああいうペンネーム付けたのかって言ったら、「羅門光三郎」だって言うんですね。覚えていますか?羅門光三郎ですよ。
内藤 もちろん。僕らは知っています。
筒井 だからよくそんな古い男優の名前知ってたなあ、と。で、羅門光三郎が孫悟空をやってるんですね。それの広告の載った『キネマ旬報』を持って行ってやったんだけど、彼、孫悟空を羅門光三郎がやったことも知らないし、羅門光三郎の出た映画もあまり見ていないんですね。あの人は不思議な人ですね。
内藤 あー、そうですか。まあ映画学科は映画学科なんですよね、大阪芸大の。だけどもまあ、戦前のチャンバラ映画とか、ああいうのはスチールを見たら面白いから、彼の豊かな想像力でやっているんでしょうね。
筒井 ええ。まあ、彼と対談したけれども、だんだん話が「クスリ」の話になりましてね(笑)で、これはまずいなあと思っていたら、案の定、編集者が「もう、そのお話はもうその辺で」って言って。あそこで打ち切ってもらって良かったですね。あれ以上続けてたら、何言っているか分らない(笑)
内藤 筒井さんを驚かしたっていうんだからすごいです(笑)あの、「俗物図鑑の本」っていうの、お持ちですよね?
筒井 ええ、持ってます。
内藤 今あれ8千円くらいはすると思うんですけど。
筒井 ああ、そうですか。
内藤 あれ、やっぱり皆で座談会やったんですよ。と、まあ「出るべきものが出て」とか言って、いろんなクスリ関係の話が出てくるんですよね。そんなとき、監督っていうのは何か常識的になっちゃうんだなあ、と思って。一生懸命、僕は原稿をチェックして、市販して大丈夫なものにしましたけれども。まあ、世の中には恐ろしい人達がいっぱいいると思って(笑)気をつけないといけませんね。そうですか、らもさん、そうかあ・・・。「ガダラの豚」は実に面白い。あれ、映画化したら素晴らしいと思いますが、いまアフリカを舞台にした映画がいっぱい来ているんですよ。誰かあれに目をつけたら、脚本くらい書きたいと思っています(笑)
筒井 (笑)
内藤 (一角座支配人に向けて)田村さん、時間は大丈夫ですか?
田村 だいじょうぶです。あの、音楽のこととか。音楽の話なんかも。これの音楽は山下さんがやってらっしゃいますけど、筒井さんが実際に吹いているって・・・、あのオープニングで。「スタア」の。
筒井 ああ、あのオープニング、あれは・・・、中村誠一だと思います。はい、中村誠一です。
田村 そうですか(笑)
内藤 あの、僕はね、筒井さんが乃村工藝社にお勤めになったぐらいでから、デザインは確かなんですけれども(笑)あのタイトルバック、東映育ちなもんだから、こんな長いタイトルバック大丈夫かなあ、と長い間思っていたんですけど、ここで見ると全然大丈夫。ここは、ちょっとお芝居の舞台みたいなところがあるんで、僕は初めて「ああ、これでいいんだ」と思いましたけれども(笑)
筒井 ああ。いや、僕は、退屈はしないと思っていました。次々といろんな人の名前が出てきますしね。だけど、長すぎるということはスタッフの人も言っていましたよね。編集の方がおっしゃっていた。
内藤 そうですね、大島ともよさんという、あの優れた方が。まあ、常識的に五社の映画はこんな調子じゃないからだと思います。僕はもうとにかく、東映でこんなタイトルバックを撮ったことがないんで(笑)でもまあ、ここだと全然違和感ないです。さすがだ、と今思いました。

<質疑応答の時間へ>

小谷 どうも、先ほど名前を出して頂いた小谷です。
筒井 ああ、どうも。どうなっているんですか?
内藤 ここへ来て下さい。ここへ来て、皆さんに顔を見せて下さい。ライトの加減で分からないですから。もう僕は、映画監督だからライティングはうるさいんで(笑)
筒井 皆さんご存じないだろうけど、すごい人なんですよ(笑)
小谷 先生のオペラシティでの、拝見しました。
筒井 ああ。ありがとうございました。
内藤 あ、一緒だったね。『潮騒』からはじまって、いっぱい名作を撮っている人です。
小谷 あの、「銀齢の果て」に関してですが・・・。
筒井 そう、どうなっているの?
小谷 「銀齢の果て」はですね、ちゃんと自分なりにですね、配給を含めて・・・。内藤さんには相談しているんですが、まだちょっと先生にお願いにあがる段階にはなっておりませんので。もうちょっとお時間を頂いて・・・。あの『銀嶺の果て』というのは東宝の先輩の谷口千吉さんのデビュー作でありまして(笑)その谷口さんがご存命のうちに先生の元にお願いに上がろうと思っておったんですが。
筒井 お亡くなりになりましたものね。
小谷 ええ。ただ「銀齢の果て」は東宝らしくない原作なので、それが一番辛いところではあるのですけども(笑)東宝とか関係なく、日本映画として、先生の「銀嶺の果て」に関わることが出来たらと思っております。よろしくお願い致します。
筒井 期待しています。
内藤 ありがとうございました。そういうことで、良かったです(笑)
スタッフ 他に何かございますか?
内藤 筒井ファンは知性があるから、答えられないこともあると思うんですけど。
筒井 いや、そんなことはないですよ(笑)どうもありがとうございました。
内藤 ありがとうございました。